注1:この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但しISO規格の解釈と引用文献や法令名とその内容はすべて事実です。
ご注意ですが、法令は物語の時点を記しており、その後、改正があって現時点と異なるものがあります。
注2:タイムスリップISOとは
注3:このお話は何年にも渡るために、分かりにくいかと年表を作りました。
2004年1月となった。佐川は古巣の吉宗機械に山口を訪ねて、事業継続マネジメント(BCM: Business Continuity Management)の話をしている。
M研で経産省の専門家を呼ぶ前に、規格の内容を把握しておきたい。
「昨年末に話をしたISO22301のことだが・・・」
「佐川さん、まだ事業継続マネジメントは、正式名称も規格番号も決まっていないと思います。
佐川さんは未来の知識があるから知っているでしょうけど、22301と言わないほうが良いですよ、変に思われますから」
「分かった。気を付けるよ。
吉宗機械では認証を受けるように考えているのかい?」
「まずPAS56が登場したのが2003年、昨年です。登場したばかりでまだ認証も始まっていません。というかPAS56は認証規格ではなく『Publicly Available Specification』の頭文字ですから、直訳すると公開仕様書ですかね?
流れとしては、これからイギリスの認証規格が形になり、それを元にISO規格が作られることになるでしょう。
ISO9001からマネジメントシステム規格は、イギリス発がお決まりになってしまいましたね
「規格を制する者が世界を制するか。そういう分野は、日本は苦手だね」
「私はだいぶ佐川さんに教えられました。当時、佐川さんは『ISO9001認証しても良くなったのは文書管理だけ、ISO14001認証しても良くなったのは環境意識だけ』と言ってましたね。
もう忘れたかもしれませんが、当時本社にいた當山さんは、ISO認証はものすごく高度な管理手法という認識でした。私もそう教えられました(第11話)。
でも佐川さんに、過去からある手順で間に合うなら、それをそのまま使えばよいと教えられました。
実際を言えばISOMS規格は、いろいろな企業がしていたことの公約数であり標準化、露骨に言えば後追いなのです。
それはその後登場したすべてのMS規格にも言えます。事業継続マネジメントだって、従来から企業がリスクに備えていたことの集大成にすぎません。
ですから、あまり新しいものだと思わないことです・・・おっと、佐川さんには釈迦に説法でした」
「いやいや、2年も離れていたら門外漢、素人だよ。
分らないことがたくさんあるんだ。まず事業継続といったとき、どの範囲までを意図しているの?」
「その辺もはっきりしてないです。元々事業継続と名乗ったのは、デジタル化が進んで万が一のとき・・・実際は万が一どころでなくたくさん発生していますが・・・データ復旧とか情報漏洩対応の備えを想定していたようです。
その後、BCMと名乗ったときは、金融もデジタル情報も災害も含んでいたようですが、更に変化があり、情報セキュリティは別規格にして、金融などの経営リスクは除外するようです。これもはっきりしていません」
注:私は当時、真剣に事業継続マネジメントを眺めていたわけではないが、20世紀末の書籍(s)では、その対象とする範囲が大小いろいろだった記憶がある。
「となると災害、サプライチェーン、製品物流などが守備範囲になるのかな?
情報セキュリティのISO27001が2005年で、ISO22301が2011年だったかな? 慌ててもしょうがないか。
実は内閣官房の研究会・・・例の未来の情報を元に予知された災害被害を、低減するって奴だよ。それに経産省が進めている事業継続マネジメントが使えないかという話が出た。これからその検討をするんだ」
「ISOのマネジメントシステム規格は仕組みの規格ですからね、無縁ではないでしょうけど防災に役に立つのかどうか」
「災害が起きたときの対応を、決めておくというのは大事なことだと思う。
もっとも災害も多様だし、地域の特性も環境もバラエティに富んでいる。同じ地形であっても震度5強と震度6強では、被害は全く違い同じ対応で良いとも言えない。
とは言え、常に最悪の事態対応を取るというのもあり得ない話だ」
「ISO規格は仕組みの規格って言ったでしょう。仕組みの規格が役に立つのは、保有している技術で製造条件や運転状態を管理できる場合に限るのです。
パラメーターを把握していない、あるいは管理できない状況なら、マネジメントシステム規格が作れるはずありません」
注:ISO9001が登場したとき、枯れた技術にしか使えないとか、開発研究には適用できないと言われた。
当たり前だ、管理方法が未知・未確定なものを管理できるわけがない。
「オイオイ、カッコいいセリフじゃないか。その理屈を教えてよ」
「私は佐川さんから習ったのですよ」
「そうかな、覚えてないな」
「私が佐川さんと会った頃、佐川さんは会社で生産するにも改善をするにも、三つの要素が必要とおっしゃった(第44話)。
三つの要素とは、物を作る固有技術、効率的生産のための管理技術、それとモラール(士気)の高いことと言いました。
でもそのみっつは重要性が違います。固有技術がなければ物を作れません。管理技術が確立していなくても、能率が悪いとかミスが多いかするかもしれないけど、物は作れます。職場のモラールも同じです。
ISOMS規格のMSは文字通り、マネジメントシステムで管理技術なのです」
| 固有技術 | 管理技術 | モラール | |
| 品質マネジメント |
設計技術 製造技術など |
品質管理 工程管理 教育訓練など |
順法精神 勤労意欲 報連相など |
| 環境マネジメント |
大気汚染防止技術 水質汚染防止技術 騒音・振動技術 廃棄物処理技術など |
省エネ管理 法規制の日数監視など |
順法精神 異常に関する感受性など |
「何の規格でも、マネジメントシステムと付けば管理技術です。管理技術だけじゃ物は作れないというのは至言です」
「つまり・・・山口さんは、事業継続マネジメントなんて必要ないということか?」
「そう言い切ると語弊がありそうですね・・・まず、認証は無用でしょうね。認証は資格でもなくプライズでもない。
ISO9001を考えてみましょう。独禁法
つまるところ単なる品質保証要求事項の総集編でしょう。そもそも品質保証要求の乱立を止めようと品質保証の国際規格と名乗ったくらいですから」
注:この物語は2004年である。ISO9001が誕生して17年経つが、認証が広まってからは、まだ10年足らずの時期である。
「必須ではなくその効果も大したことないということか・・・」
「そう考えています。誤解を恐れずに言えば、事業継続マネジメントなるものの要求事項を満たしたところで、事業継続が成るかと考えると、そんなことは無理でしょう」
「ちょっと待て、ISO9001を満たせば・・・文書管理が良くなるだけか?」
「ISO9001認証を要求することは、何を期待していると思いますか?」
「品質保証だね、間違っても顧客満足が成されるとは思わないね」
注:ISO9001の意図は「顧客満足」である。いまどき、それを知っている人は少ないだろう。
「その品質保証規格が成したことを振り返れば、事業継続マネジメントの効用も推して知るべし。
災害に対応するとして、過去、世界中で起きたことを全部考慮して仕組みを作りますか?」
「まず無理だろう。
対象としては火災、爆発物あるいは爆発する恐れ
「首都圏直下地震に対する、リスク、対応策の検討で半世紀費やしてますよ。
未知のことが多いのもありますが、一般企業で災害、サプライチェーン対応の備えを考えるなんて、まず無理というか、どこで妥協するかでしょう。
対策に金をかけるか、被害を受け入れるか、それも決めようがない状況です」
「なるほど、すべての面において投資対効果を考えて、優先順位を決めないとならないと・・・」
「佐川さん! あなたに教えられたことですよ」
1月末、経産省で事業継続マネジメントを検討しているという西田氏の説明を受けるということで、臨時にM研がもたれた。
メンバー全員が集まった。それだけ重要と考えているのだろう。
挨拶をすると西田氏は事業継続マネジメントの規格検討状況の説明を始めようとしたが、すぐに佐藤議員が手を挙げて止められた。
「すみませんが弊方のスタンスというか目的の説明をさせてもらいます。我々のプロジェクトに事業継続マネジメントが活用できるのか、方向が違うのかを知りたいのです」
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| 西田氏 |
「なるほど、お考えは分かります。最初にお宅様のプロジェクトの目的と実施状況を教えて頂いた方が話は早いですね。
情報を共有すれば使える・使えないだけでなく、新しいアイデアが生まれるかもしれません」
「それじゃ、伊藤さん、説明してもらえますか」
「ハイ、内閣官房の危機管理監の下で、M研究会の取りまとめをしている伊藤と申します。
M研というのは、最近、実用に耐えるようになった地震予知や天気予報の情報を積極的に使い、事前対策や避難などを行うことによって被害を減らすことを目的に、実際にトライアルを行っています」
「ああ、地震の予知とか大災害の予知が、最近、流行りですね。
科学的な精度を議論の対象外としても、事業継続マネジメントとはかなり毛色が違います。
事業継続の方は、現状分析をして重大問題を抽出しそれへの対応を考えるという演繹的なものです。
予知とか予報を基にするというと、事業継続マネジメントの前段、つまりリスク評価などをスキップして、対策の策定と運用となりますね。なおかつ、インシデントが現実となりアクシデントとなることが前提のようですね」
注:インシデント(incident)とは英英辞書では「出来事、特に異常な、重要な、または暴力的な出来事」を意味し、「something happened」に置き換えられるとある。
一方、ISO22301では定義3.14で「event that can be, or could lead to, a disruption, loss, emergency or crisis」とあり、これをJISQ22301では「事業の中断・阻害,損失,緊急事態又は危機になり得る又はそれらを引き起こし得る事象」となっている。
一般語としてのインシデントは「起きたこと」の意であるのに対し、ISOの定義が「緊急事態や危機になりえること」を対象にしているのは何か違う気がする。
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本文を斜め読みしたが、問題が起きたときの対応を決めておけということは書いてあるが、問題が起きたとき責任者は陣頭に立ち指揮して云々とは書いてない。
なにか欠落しているように思う。
ISO22301は「緊急事態(など)又は危機になり得る又はそれらを引き起こし得る事象」に対応するものであって、「問題が起きた場合」には対応しないのか?
これは決して小さなことではないように思う。断定はできないが気になる。
「確かにアクシデントまで至ります。ただアクシデントによる被害を最小化するという、西田さんから見れば、クライシスの最終段階だけというイメージでしょう」
「なるほど、先ほどの佐藤議員の質問への答えは、最終段階に至ったときに、事業継続マネジメントは有効ではないように思います。
事業継続マネジメントは間合いが長いときに使う手法で、接近戦では使えないかもしれませんね」
「そう決めつけることもないでしょう。
事業継続マネジメントという手法は、予知に対応した作戦にも使えるものでしょうか?」
「予知? あるビジネス、工場、オフィスビルを対象にして、そこにいかなる事故や災害が起きるかというリスク評価を行いますから、どのようなアクシデントが起きるかという予想はできますね。
しかし佐藤議員の話しぶりでは、そういう仮定の話ではなく、いついつ災害が起きるかを予知できるかという風に聞こえましたが?」
「我々のプロジェクトでは、実際に『いついつ崖崩れが起きる』という情報を元に、救急車の手配とか自衛隊の派遣要請とかを立案し実行することが前提です。
そういった行動を伴う実戦とは違うのですか?」
「いや、そういう今まさに災害が起きるとか停電が起きるという想定のものではありません。
もちろんそういう事態になった場合どうするかを検討し、対策を取るのは実際に行いますが・・・神ならぬ人の身ですから・・・そもそも、具体的にいつ発生するなんて分かりませんでしょう」
「我々は必ず起きる問題対応のプロジェクトなのです」
「うーん、そういうお仕事でも、事前にどのような対応をすべきかという、標準パターンのようなものを提供することはできるとは思います。ただ避難にしても、どのルートを通るべきかというような実戦的なことは無理ですね。
それとも事前情報があれば、お宅の対応と同じになるのだろうか?」
「西田さんの話を持ち出したのは私なんだよね(第177話)。よく分からない状況で西田さんに声をかけたのが間違いだったようです」
「いえいえ、見当違いということはありません。大局的に見れば、このプロジェクトは西田さんの事業継続マネジメントの後編か続編にすぎません。
全体的な調整とかした方が良いかもしれませんね」
「実は、ここだけの話ですが、私は事業継続マネジメントというものに懐疑的なのですよ」
「まあ!西田さんは、日本でその規格の展開を図ろうとしている中心人物でしょう」
「そう言われるとそうですが・・・確かに中小企業では、リスクをしっかり把握しているとは言えません。そういった企業に万が一への対応を備えることは悪いことではありません。
とはいえ日々、自転車操業をしているようなところに万が一に備えろと言ってもそうできるとは思えません。
他方、大企業であれば、元から非常事態に備えているでしょう。そういうことを考えると、事業継続マネジメントなるものに存在意義があるのかどうか疑問です。
それに規格というか現時点はイギリスの試案のようなものですが、書いてあることはマネジメントシステムですよ。ISOに縁のある方はお判りでしょうけど、仕組みを作れは成果が出るのかと言えば、そんなことまったくありません」
「ISO14001制定の経緯の本を書いたK氏は、経産省の技術審査委員から今はT大の非常勤講師、ゆくゆくは官僚を卒業して大学教授でしょう。
西田さんも難しいことを考えず、そのルートを辿れば十分じゃないですか」
注:某氏がISO14001について書いた本の出版は2006年で、この物語は今2004年だが、若干の時期の違いはご勘弁願う。
「Kさんか、あの人もISO14001の本を書いたのは1冊だけ、そもそも研究者というより解説とか研究マネジメントを書いた論文しかありませんね。委員とかの経歴で元々研究者じゃなかったし」
「なんだか変な方に流れちゃったね」
「失礼しました。せっかくですし西田さんからPAS56のお話をしてもらったらいかがでしょう」
「いえいえ、PAS56なんて経産省のウェブにもありますから、それを見てもらえば分かりますよ」
「私は経産省のウェブからそれをダウンロードして読みましたが、全く分かりません。何をしろという文章がたくさんあるだけです。あれって何なんですか?」
「つまり、あることを成そうとするとき、こうしろ・ああしろと書くこともあるでしょう。
そうではなく、これができる方法を考えろと書くこともあるわけです」
「でも、これができる方法を考えろというのに、一体どういう意味がありますか?
言い換えると、そもそも解がないかもしれません」
「規格は手順を決めているのでなく、目的を示しその実現のために成すべきことを記述しているだけなのです。実現する具体的方法は会社に丸投げです」
「それで何か意味があるものでしょうか?
我々の場合、ある場所で今年何月何日に大地震が起きるという予知があったとき、自治体のすべきこととして、避難場所、移動方法、そのために用意する備品、消防や警察は避難者の確認、点呼、救急体制、自衛隊にはヘリコプターや移動のための車両、食事のための体制、そういうことを指示して実施させます」
「それは仮定の話ですか? 実際の災害のときの対応ですか?」
「実戦ですよ。仮定とか机上演習(TTX)じゃありません」
「予知情報に基づいて実際の災害支援を行っているとは聞いたことがありません」
「実際にしているが、位置づけはまだトライアルだ。
実行回数は何回くらいになるかな?」
「最近では、九州水害、宮城県北部地震はまあまあ、十勝沖地震は成功裏に終わったと思います。
今年は、これから中越地震ですか」
「九州水害、宮城県北部地震、十勝沖地震では実際に警察・消防・自衛隊を動かしたのですか?
すごいことですね。もちろん官邸主導の作戦なのでしょうけど。
ところで中越地震とは?」
「まだ秘密だ。数か月のうちに公報されるからそれまで待ってくれ」
「了解です。お互いに秘密はありますから」
本日の反省
いまだISO22301の勉強中であまり理解していない。それで事業継続マネジメントの議論は、次回に繰り越しだ。とはいえ、規格の内容を思えば、今回書いた以上のこともなさそうな気がする。
要するに山口が語ったように、実がないとダメ、最終的には固有技術が要点なのである。
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