注1:この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但しISO規格の解釈と引用文献や法令名とその内容はすべて事実です。
ご注意ですが、法令は物語の時点を記しており、その後、改正があって現時点と異なるものがあります。
注2:タイムスリップISOとは
注3:このお話は何年にも渡るために、分かりにくいかと年表を作りました。
2005年2月となった。N市は雪国である。市街地の道路は除雪しているが、除雪しない宅地などには、しっかりと雪が積もっている。東に見える山地はもちろん真っ白だ。
中越地震から4か月が過ぎたとはいえ、被災者はもちろん被災者住宅だし、被災地の復旧をどうするのか、まだ未定だ。
もちろん計画案はいろいろあるが、根本的なことがまだ決まっていない。
それは以前の集落というか生活を、再現するのか否かである。
実を言えば、被災地をいかに復興するかについて、M研でも総理を含めた場でも、何度も議論している。
そして復興案は複数用意されたが、どれをチョイスするかはいまだに決まらない。
まず地震の被害は本来のというか佐川が知っている歴史と、現在は相当の乖離が起きている。もちろんそれは、関係者が良かれと思ってしたことではある。
ひとつには地震が起きる数か月前に、Y村は全住民、他の地でも被害が大きい地域では行映画住民を被災者住宅に転居させた。
それによって地震が起きたときには、被災者たちは新しい住まいと暮らしに慣れてしまったことがある。
その結果、復興に大金を投じるべきかという、疑問が大きくなった。
本来の歴史では行政は住民の移動を考えたが、住民と首長(村長)が絶対にここに住むのだという意識が強く、行政を動かし山村を復興させた。
だが新しい歴史では被災者住宅に住んでいた住民の意識は大きく変わった。
そういうことを考えると、地震で崩れたところを宅地に整地し、外部との連絡道路を新たに作り、学校などの公共施設を再建したとして、再びそこに住み地震前の暮らしに戻るのかということだ。
直線でわずか10数キロしかないN市まで、通勤も通学も険しい山道を車やバスで1時間近くかける生活をするのか?
毎年、冬になれば雪の積もる中での暮らしとなる。自宅から村道までの除雪は自前だ。こまめにすればなんとかなるが、数日手抜きすればその後は大仕事になる。
市街地では敷地内を除くほとんどの道を、市の除雪車が片付けてくれる。これは楽だ。
また今まで朝早くから農作業をしていた人たちが、都市部に避難して何もせずにのうのうとしていたわけではない。体を動かすことが習慣になっている人たちは、とにかく仕事を見つけて働いている。お店のお仕事、工場のお仕事、それが既に常態になっている。それは農作業より楽で、現金収入をもたらした。
田舎で家庭菜園を作れば野菜はタダと思うかもしれない。野菜を作るには種や苗を買わないとならない。そして肥料も必要だ。
更に一種類の野菜を食べ続けるわけにもいかない。茄子、きゅうり、かぼちゃ、ピーマン・・・と考えると買った方が早いのである。
家内の実家は農家だったが、義母が亡くなった今、学校の先生を定年退職した義弟が本格的に農業をするはずがない。
田んぼは機械を揃えている農家に委託している。俗に年貢というが、地主の取り分は何割なんていうものじゃなく、
地主一家が食べる分くらいだから、実質は田んぼを維持してもらっているだけ。
畑は高校生の孫がジャガイモと玉ねぎを作っているが、多種の野菜を作れるわけがない。田畑があっても買うのが普通だ。
都市は買い物が便利だ。Y村なら、服を買うには街まで出てこなければならない。野菜は家庭菜園で賄えたにしても、魚でも肉でも品ぞろえの少ない小さな店で買うしかなかった。
被災者住宅が商店街から離れているにしても、歩いて10分も行けばどんな品物でも選択に迷うほど品ぞろえがある。
コンビニは大手コンビニチェーンが被災者のためにと店舗を出し、そこではそれこそ24時間何でも買える。
コンビニが必要とする商圏は3,000人と言われる
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カラオケもおもちゃ屋もマックもケンタもある街は、子供たちにとって天国である。
衣食住そして職もある便利な地を捨てて、元の暮らしに戻るか否か?
実を言って、都市近郊の農村はどこも似たような実態だ。家内の実家も半径5キロ以内にスーパーマーケットがない。小学は複式学級、中学は4キロ離れている。高校は一番近いところで15キロ、しかも電車は1時間に1本、バスは朝と夕方しかない。
だがY村との違いはある。それは道が整備され平坦で、車の移動が時速60キロでできることだ。だからスーパーまで片道5分、中学まで迎えに行っても4分しかかからない。同じ農村に住んでも暮らしは便利だ。
というか多くのサラリーマンはそのあたりに住んでいる。土地が安いから。
その代わり、一家で車2台は必須だ。義弟の家には車が5台ある(義弟夫婦・姪夫婦・農作業用軽トラ)。この夏以降は大甥用の車が増える。
行政としては被災者の希望する暮らしを支援すべきだが、使ってもらえない道路、橋、学校、宅地を造成し建設する必要があるか否か、重大な検討課題である。
佐川は地震後のY村の様相を知っているから、イケイケドンドンの復興案はありえないと思う。
ここはN市の市役所の一室である。行政側の体表は県から渡辺部長、N市の鈴木市長と川端部長、元Y村村長で現在はN市復興監という役職の長田氏で、対するはM研を代表して鳥海衆院議員と内閣官房の伊藤事務官、そして肩書不明な佐川である。
下部組織で話し合い、固まれば上に挙げていくという、どこにでもある流れのスタートだ。
渡辺氏![]() | ![]() | 鳥海議員 |
鈴木市長![]() | 伊藤氏 |
|
川端氏![]() | 佐川氏 |
|
長田氏![]() |
Y村復興について議論百出である。 お互いに言いたいことを言い合うことも必要だろう。
「佐川さんは復興計画には、まず被災者の今後の生活の希望を把握してほしいとおっしゃったが、故郷を離れる人がいるとは思えませんな。全人口3,000人が戻ると考えています」
「何事も現状把握が第一です。Y村は地震前の人口は3,000人でした。
私が聞いている数字では、既に300名近くが県外やY村が合併したN市の外への転出届を出したそうです。N市内の転居届も多いのではないですか?」
「そういう話が出ると思って調べてきました。市内の移動で転居届をされた方は、450名になります。
仮設住宅への郵便物は以前から配達しています。ですから移動先が市内でも転居届を出したということは、もう元の住まいには帰らないという意思表示でしょうね」
「ということは住人3,000の内、750名、4人に1人が村外に出てしまったのですか」
この小説の参考にした山古志村(現在の長岡市山古志地区)では、地震時の住民登録者数2,200人が、地震半年後の2005年3月は1,960人(90%)、そして地震から22年後の2026年7月の住民登録数は679(30%)人である。
「まあ、ひどい災害でしたから、高齢者の中にはあの土地での営農を諦めて、子供や親せきを頼って転出した方もいますね。
とはいえ、以前より人口が減れば、復興の工事をしないということはないですよね」
「村への道路は既に工事を始めています。
しかし単純な土砂崩れでなく、山の斜面が大きく崩れたり川が堰き止められて堰止湖ができて、その堰き止めた天然ダムの崩落の危険があったりして、すぐに復旧できるわけじゃありません」
「そうなのです。一部は県道もあり県の工事担当とも話し合いもしておりますが、完成までの道筋が付いていないところも多いのです」
「道路が遅れれば、それによって村離れが起きてしまうことになる」
「確かにそうですが、国の支援があるとしても、原資はすべて税金です。必要なことはしますが、無駄なことはできません」
「無駄とは何ですか!」
「以前は村と外部をつなぐ、車がすれ違える道路は8本ありました。地震ですべて寸断されてしまいました。
正直言って再建と今後のメンテナンスを考えると、8本全部は無理です。最低2本は通しますけど」
「やはり村人が何人戻るかはっきりしないとね。人口に応じた対応を考えないと」
「3,000人が2,000人になっても、故郷の歴史と伝統を守らねばなりません」
「長田さんも村長で財政に苦労されたでしょう。Y村単体なら、もう財政再生団体
N市に合併しても、一部の地区に多額の支出は無理です」
「ということは住民の多くが戻ってくれないと、手を打ってくれないということか?」
「厳しいことを言いますが、それどころか元の住民が皆戻っても、N市だけでは負担しきれません。市の人口の1%のために市の予算の1割も使えば市長落第です。
まあ、国がいかほど支援するのか・・・それ次第です。
阪神淡路大震災で復興にいくらかかったかご存じですか?」
「存じません」
「あのとき被災した自治体は12市で、復興費用は全部で16.3兆円、国からの支援はありましたが、それでも自治体側の負担が8兆円でした。そのために発行した地方債は3.1兆円。
阪神淡路大震災から10年経ちますが、地方債は完済どころかまだ半分も返済していません」
「阪神淡路大震災と中越地震の被害額は桁が違いますよ」
「中越地震の被害額は3兆円と推定されています。それは阪神淡路大震災
「長田さん、県だ市だと思うから勘違いしてしまいます。長田さんのご家庭と考えてごらんなさい。
雷でも台風でも良いですが、災害で家が壊れたとしましょう。火災保険で保険金が支払われる場合もありますが、いずれにしても足りません。
そのとき、それまで通り海外旅行に行くとか、車を更新するとか、できません。
節約するとか副業するとか、一家が頑張るしかないのです」
「被災した地方を切り捨てろというのですか 💢」
「違います。ない袖は振れぬと言っているのです」
「同じじゃないですか」
「じゃあ、長田さんが市長になって運営してください。2年後に市財政は破綻しますよ。その前に市議会が止めるでしょうけど。
市の予算は用途が決まっていて、減らしても良いものなんてないのです。学校、介護、子育て、高齢者、道路、消防、水道、ゴミ処理、総務費、村長だって同じことをしていたでしょう」
「まあまあ、行政とは、できること・できないこと、やること・しないことの調整を図ることよ。
それにここで意見の一致を見たところで結論じゃありません。ここですべきことは様々な条件や制約があることを明らかにすること。
ここで決めても、上に行って更にもまれるのだから」
その夜、M研のメンバー、鳥海議員、伊藤事務官、佐川の3人が某所で酒を飲む。
「文化や郷土愛を守るのか、損益を考えるのか、なかなか難しいね」
「のんきなことをおっしゃらないでください。これは選択問題ではないのです。文化を守るために、お金を出せるのかを考えなければなりません」
「おっと、早速、カウンターが来た。余裕はないということか?」
「ありませんね。長田さんの考えが甘すぎます。
あの人は2年前に説明に来たとき、事前避難を村人に説得できないと言ってゴネました。
責任者としての行動ができないのかもしれません」
「ほう、それでどうしたのですか?」
「どうもこうもありません。私が彼を引っ張って各集落で説明会をしました
人は悪役にならねばならないこともあるのです」
「長田さんはしょせん村長なのですね。視野が狭い」
「確かに、長田さんは目標は見えても、実現する方法を考えない。
一方の川端さんは市の財政を見て出来るかどうか考えている」
「佐川さんもできないと見ているわけだ」
「まず基本的なことですが、住民がいかほど帰村すると思いますか?」
「既に四半分が減っているのというから、まあ半数かな?」
「既に四半分が減っているのです。これからまだまだ減りますよ。
道路を作る橋を作ると決めても、完成するまでに2年や3年かかります。その間に戻ろうとする人が増えるはずはない。ますます減ります。
人は日々暮らしているので、中途半端なことはできません。ここで仕事を見つけ働かねばなりません。仕事に励めば元の仕事に戻る人は少ないでしょう。
今時点でも、故郷に戻って再建しますかと質問すれば、戻ると言う人は3割はいないでしょう。
それも戻るのは高齢者ばかり。20年後には村が消滅しているのが見えます」
「佐川さんは未来を知っているのだから、反論は無駄ですね。
戻るのが750人で、しかも20年限定なら、考えるまでもなく投資すべきではないな」
「問題は、村人の意向を顕在化して、皆が納得するようにしなければなりませんね」
「その通りだ。今は帰村すると言いながら、時が来たとき帰らないというのを許さないために誓約書を作っておくか」
「そんな手間をかけずに、バッサリと村再興はないと断定すべきです」
「私が東日本大震災も経験しているのはご存じの通りです。東日本大震災は中越地震より条件が悪いです。なにしろ放射能汚染があって、長期間の避難が強制されました。故郷に戻れる見通しは暗かった。避難した土地で働き、そこで家を建てる人は多かった
一旦、避難したらどれくらい戻ったかというデータ
「その違いがどうして起きたか、当ててみましょうか。
元から過疎地の住民は、これを機会にと戻らなかったのでしょう」
「大当たり! 復帰した人口率は、元の自治体の人口に比例しています。人口の多い自治体は元の人口に戻った。
近隣に大きな都市があるところも同様ですね」
「ということは、Y村の場合、仮に道路や農地・宅地を復旧しても、無駄になるということか」
「断言はできませんが、そうなる可能性は高いですね。
いずれにしても村というか集落の存在を20年延ばすだけでしょう。地震に関係なく、高齢の住民がいなくなればおしまいです」
「地震に関係なく、Y村を発展させるということはできないものですかね?」
「日本中に過疎地があるわけです。いや、日本中が過疎地なのです。山村ばかりではありません。大都市だって人口増加しているところは多くない。
市町村の9割は人口減少です。市だけとらえても、人口が増えているのは15%程度、85%の市は人口減少です(2025年国勢調査)。
Y村を大発展させるなんて手品でも無理でしょう。
アメリカのIT企業にでも来てもらい、世界中から IT詣 が来るようになれば変わるかもしれませんけど」
「じゃあ山村復興はしない方が良いのか?」
「それこそ政治的な課題です。無駄を覚悟で復興を図れば、いかに小さな集落でも、決して見捨てないというメッセージにはなるでしょう。その効果をどう評価するか?
反面、回収不能な事業に税金を投じて良いのかという問題になります。一人のために回収見込みのない何十人分もの税金を投じることが許されるのかという、政治的に重大な問題です」
「ちょっと待てよ、仮に戻る人が1,000人と仮定しよう。3兆円といっても地震の被災地全体の復旧費用だ。仮にY村対応が1割、いや2割として6,000億とすると、一人6億か!
確かに冗談ではない金額だな」
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| 札束というより座布団 |
「より少なく見積もって、その1割としても6,000万です。
日本人ひとりが一生に払う税金は4,000~5,000万(2000年時点)です。一人に5,000万も投じることは理屈にあいません。
客観的に見れば、国家財政から考えて実施すべきではないでしょうね」
「うーん、でも山や海で遭難した人を捜索するのに、投資効率なんて考えてないよね」
「露骨に言えば、それは形式というかスタンドプレーでしょう」
「確かにしっかりやっていると見せる意味もある。それを言っちゃおしまいですけど」
「でも、復旧計画と遭難とは違います」
「違う? 何が違いますか?」
「遭難の捜索は命あれば助けよう、それがダメでもご遺体を家族に届けようという目的があります。
でも今回の地震で物的被害は出たけど、死者も行方不明者も出ていません。
皆無事だったのだから、職と住は少し妥協してほしいと言ってはいけないですか?」
「おっしゃる通りだ。
そういえば、昔は生活保護が不十分だという違憲裁判がありました。もらえる金額では健康で文化的な生活ができないって、
それに対して当時の国富では、助けるには限度があるというのが大方の判決だった。それこそない袖は振れぬですよ。
もちろん、その判断基準は時とともに向上してきている。
それに納得できないのは駄々子だ。おっと、これはオフレコです」
「個人的にはその論理で行くべきと思います。
ただ、実際にはもう少し納得しやすい論理にしたいですね」
「表現に留意するのではなく、論理に留意とは意味深だな。
佐川さんは何か具体的なアイデアがありますか?」
「単純には国家財政、自治体財政などの具体的数字から、支援できる限度があることを示すのもありでしょう。
あるいは、すべて借金、つまり国債や地方債で行うと、結局は国民や住民が、つまり自分が負担するということです。
そして悪くすると財政再生団体になる
「なるほど、次回会合ではそういう方向で行きますか」
同時刻、市役所の会議室。
県の渡辺部長と鈴木市長、川端部長そして永田氏が話し合っている。
「どうも今日の話では、中央ではY村復興をする気がないようですね」
「長田さん、復興するための費用は莫大です。国だって打ち出の小槌があるわけではない。中越地震全体の復旧には3兆円という話を聞きました」
「3兆円と言っても、そりゃ全体でしょう。被災地の人口は約30万人ですから、一人当たり1,000万か、まあそれくらいになりますか。
Y村の人口は3,000人ですから全体の1%で、30億使ってもおかしくないですね」
「いや、Y村を復興するには道路とか田畑の復興があるために、復興予算の見積もりの1割を占めるのです」
「ええっ、そんなに」
「被災した都市部の人たちが使う道路とか水道などの費用は、一人当たりではY村の1%で済むということです。
それは当然です。人口密度が高いから道路は大勢で使う、水道管も人口あたりにすれば短くて済む、携帯電話の基地局だって少なくて済む。
Y村は何をとってもその正反対で高くつくのです」
「ではどうしろと?」
「それに対抗できる理屈を考えなければならないということです」
「山村の文化、伝統を守るためです」
「奈良や京都でもあるまいし」
「そのためには最低限、村に帰る人が多いことが必要ですね。
住む人がいなければ文化も伝統もありません」
「おっしゃることは分かります。
明日から村民に個別面談をして、帰村するように要請します」
「それも単なる口約束では意味がありません。本当に帰村しないと逆に問題になりますから、回答を無理強いしないようにしてください。
あとで調査に不正が見つかれば、全責任は長田さんですよ」
「村に帰ると言っておいて実際に帰らないと、誰も使わない道路と建物が残るだけですか」
「残るのは、それだけじゃありません。
地方債、つまり莫大な借金が残ります。それをY村と関わりないN市の住民が返還するのですよ」
本日思うこと
私は17年前に書籍「国会議員村長 私、山古志から来た長島です」を読んで、いたく感動した。
その本を家内も読んで感動し、友達にも読ませると誰かに貸して、更にまた貸しまた貸しされているうちに行方不明になった。
それで、このお話を書くとき図書館から借りてきて読み直した。改めて感動した。
しかし長島村長が頑張って山古志村(現在は長岡市)の復興を図ったが、2026年現在、旧山古志村だった地域の住民はたったの679人、地震前の3割である。
文化を守ったと言えるかもしれないが、この人口が今後増えるとは思えない。推移を見れば減るばかりだ。
投じたお金を考えると絶対に回収していない。
その価値はあったのかと考えると、大いに疑問だ。
災害のたびにそんなことを繰り返していると、日本中が夕張市になってしまうのではないかと思う。
| <<前の話 | 次の話>> | 目次 |
| 市町村名 | 2010年 | 2020年 | 戻り率% | 備 考 |
| 田村市 | 40,422 | 35,169 | 87% | |
| 南相馬市 | 70,878 | 59,005 | 83% | |
| 川俣町 | 15,569 | 12,170 | 78% | |
| 広野町 | 5,418 | 5.412 | 100% | いわき市に隣接している |
| 楢葉町 | 7,700 | 3,710 | 48% | |
| 富岡町 | 16,001 | 2,128 | 13% | 2020年時点で一部避難解除されず |
| 川内村 | 2,820 | 2,044 | 72% | 2020年時点で一部避難解除されず |
| 大熊町 | 11,515 | 847 | 74% | 原発の所在地・現時点、一部避難解除されず |
| 双葉町 | 6,932 | 0 | 0 | 原発の所在地・現時点で避難解除されず。 |
| 浪江町 | 20,905 | 1,923 | 92% | 2020年時点で一部避難解除されず |
| 葛尾村 | 1,531 | 420 | 27% | 2020年時点で一部避難解除されず |
| 飯館村 | 6,209 | 1,318 | 21% | 2020年時点で一部避難解除されず |
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