ISO昔話1 品質保証とは

26.08.31

注1:この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但しISO規格の解釈と引用文献や法令名とその内容はすべて事実です。
ご注意ですが、法令は物語の時点を記しており、その後、改正があって現時点と異なるものがあります。

注2:ISO昔話とは



ISOにまつわる小説もどきもいくつも書いたから、これからは気を抜いて、長閑(のどか)な昔話が良いかと思う。
とはいえ、何百年も前は生まれてなかったので、昔話といってもISO認証にまつわることを書こうと思います。
ISO昔話だと! ISO認証制度が昔からあるものか💢
おじいさんとおばあさん なんて怒るとはお門違い、筋違い、私が子どもの頃、10年ひと昔と言いました。ISO認証制度発祥から三昔(さんむかし)過ぎたら十分昔です。
それどころかドッグイヤーの今は3年ひと昔と言います。十昔(とおむかし)も過ぎたなら、完全に大昔です。

昔話ですからストーリーは単純で短く、一話完結かせいぜい2・3回でまとめたい・・・でもどうなるかは成り行き次第。

各話は時系列ではありません。登場人物も違い、新しいお話・古いお話が混在しますが、そういうものと思ってください。発生時期(年)は記載しようと思います。


まずISO9000といっても、当時は種類がみっつありますが、まとめてISO9000と呼ぶことにします。
初めてISO9000を認証しようとした会社ってどんなだったですかね?
私の体験ですが、いろいろでした。

私はそのとき42歳、高校を出て製造現場で24年働いていたわけですが、品質保証なんて言葉使ったことありません。
自分は検査とか品質管理には関わっていましたが、品質保証なんて全く知らず、言葉を聞いたことはあっても意味を考えたこともなく、自分が語ったこともありませんでした。


製造現場でチョンボして、当時閑職だった品質保証課に異動になりました。向上心、向学心あふれる私です(冗談です)、これから仕事として品質保証を担当するのだから、品質保証とは何かと勉強しようと思いました。
田舎町の本屋に行って品質保証という背表紙を眺めました。
数冊あったので手に取りパラパラと眺めます。内容は電子部品の信頼性についての本、品質管理の本、統計的品質管理の本、精度の重要性を書いた本、そんなものばかりでした。

2026年の今、品質保証で検索するとどんな本がヒットするでしょうか?
ソフトウェアの品質保証、ISO9001の解説本、品質管理の本、品質管理の手法の本、そんなのが並んでいます。

ISO9001に関する本を除くと、見事に品質保証に関する本がありません。品質保証に関する情報提供も需要もないようです。
品質保証とは何かを知ることは、品質保証に関わっている人しか必要ないのでしょうか?
なんかそんな気がします。


ところで、こんな過疎地のウェブサイトをお訪ねのあなたは、品質保証の関係者でしょうか?
あなたのしているのはどんな品質保証でしょうか?
計器管理? 品質管理? 信頼性評価? みな品質保証の一部かお隣ですね。でも品質保証のコア()ではありません。
コアって何だ? 中国では核心的といますが、なんでしょうか?


昔々、第二次世界大戦という大戦争がありました。
当時の戦争は多くの人が死にましたが、一応戦争のルールがありました。民間人を狙ってはいけないとか、人を撃つときはダムダム弾を使ってはいけないというものです。
現実には使われましたけど、戦勝国は無罪、敗戦国は当然戦争犯罪となったのはどうしてでしょう?
ともかく勝つためには何でもするわけで、工場を爆撃するのは当たり前、爆弾がそれるのも当たり前、民間人が死ぬのも当たり前という戦争でした。

爆弾

ところで爆撃機に爆弾を積んではるばる飛んでいき爆撃しても、爆弾が正常に爆発してくれるとは限りません。現実は2割から2割5分が不発だったそうです。不発とは爆弾が落ちても爆発しないことです。
それでも第二次世界大戦はまだ良かったらしく、第一次大戦の不発弾の処理は、まだあと100年かかると言われています(注0)

驚くことはありません。爆弾ばかりでなく潜水艦や飛行機から発射する魚雷は、それよりも不発率が高かった。 潜水艦
アメリカ海軍は、実戦で6割が不発だったそうです。正常に爆発する方が少ない。
再現実験したところ70%が不発だった(注1)3割しか爆発しないのです。これじゃ、兵隊たち、戦う気がなくなりますよ。
この対策にアインシュタインも参加したそうです。ちなみにアインシュタインは原爆開発には関わっていません。


おっと、品質保証はアメリカではなくイギリスで考えられました。
昔のヨーロッパ戦線の戦争映画では、たくさんの爆撃機がドイツの工業地帯を爆撃したものです。そして日本と違いドイツの高射砲はたくさんあり、メッサーシュミットがイギリスやアメリカの爆撃機を待ち構えていました。無事帰って来る割合は日本を爆撃したB29よりはるかに低くかった。

映画「メンフィスベル(注2)では25回爆撃して生還できたら英雄として帰国できることになっています。25回無事に戻れる飛行機はほとんどない、いやなかったのです。 スティーブ・マックィーンの映画「大脱走(注3)は捕虜収容所が舞台ですが、モデルとなった第3空軍捕虜収容所には1万人くらいが収容されていたそうです。

捕虜が多過ぎると言わないこと。
B17の乗員は10人ですから、一度に1,000機の爆撃機が攻撃に行って2割撃墜されて7割が捕虜になったら、三カ月で12,500人です。実際には連合国側だけで各種合わせて25万機が参戦し、被撃墜率25%で25回攻撃に参加して生還できたのは24%だった。捕虜になったのはラッキーで、20万人の飛行兵が戦死したという。
日本がB29の爆撃を受けたのは9カ月ですが、ドイツは5年間爆撃を受けました(注4)

B-17

おっと、大幅に話がズレた。とにかく爆弾の不発をなくすために考えました。なにしろ不発率を半減すれば、爆撃機の数が2割増しになったと同じですから。

彼らのしたことは、爆弾が図面通りだけでなく製造工程が正しく設計されその通り行われているかを確実にすることでした。そしてそれを確実した記録を残すことでした。
それをQuality assuranceと呼びました。
日本語に訳すとき「品質保証」と訳しました。ちょっとずれている気がする。


戦争が終わると、Quality assuranceという考えは民間に広まりました。とはいえ故障が起きても良いもの、金をかけるほどのこともないものには適用されません。品質保証には手間もコストもかかるからです。
止まると困る、命に係わる、損害が大きい、そういうものに適用されました。具体的には、電力、通信、鉄道、航空、原子力、そしてもちろん兵器などの分野です。


なお、assuranceとは日本語で保証と訳されていますが、ちょっと意味がズレています。
英語本来の意味は「確実である約束」とか「大丈夫という確信」「実行する確約」ということです。損害を補償するとか、ボディガードが安全を保障するのとは違い、「間違いない」とか「約束する」と言うだけ(●●●●)です。

約束とか確信ですから、実現しないこともあるわけで・・・
「弊社ではこういう管理をしているのでご安心ください」という意味でしかありません。とはいえ、口で言うのではなく作業工程・加工工程の製造条件記録を示して説明するので少し信頼感はあります。
当然、何を管理するか・記録を残すかを買い手と売り手が契約(決める)するわけです。

日本でも品質保証は、防衛庁、NQA、JR、NTTなどのように信頼性を求めるためには金がかかってもよいという分野から広まっていきました。品質保証とは言わなくても薬事法のGMP(注5)などは品質保証です。

家電や衣類などの大量生産のBtoCではあまり品質保証の出番はありませんでした。しかしOEM(注6)などが広まると、発注者は受託側に図面通り作るだけでなく、物品の管理や作業者の訓練などまで要求するようになります。1980年頃からのことです。


イギリスでは第二次世界大戦後はパッとしませんでした。もちろんロールスロイスのジェットエンジンなどは製品としてもビジネスとしても世界のトップにありましたが、その他の工業製品は低調です。
サッチャー それをパッとさせようとサッチャーが考えたのが、品質保証の採用です。

イギリスで1979年に制定された産業規格BS5750はねじや材料の規格でなく、品質保証の規格でした。サッチャーはこれを使ってイギリス再興しようと考えました。
政府機関が使用する物品、サービスはこの認証(certification of assurance)を得ているところから調達することにしました。サービス(役務)もですからレストランから劇団までと言われました。

サッチャーがイギリス再興のためにしたことは、BS5750採用ばかりではなく多岐にわたり、サッチャリズムと呼ばれた。その評価は「イギリス経済を復活させた」とものと「格差と社会の分断をした」というもの両方がある。
池田の所得倍増、田中の列島改造、小泉の構造改革、安倍のアベノミクスと、誰の政策でも全員の評価が一致することはない。もっとも 宇野、細川、村山、野田などは名前さえ残らない。

鳩山は中国様の家来として、(かん)は原発事故で名を遺したか、困ったもんだ。


1980年代から欧州ではECを発展させ経済的にもっと強固になろうという動きが進んだ(注7)
そのときイギリス政府が調達する製品やサービスの品質保証を要求したというアイデアを借用したのである。

そしてEC統合で域内の人とモノの移動を自由にする条件として、物品はISO認証の工場で作られたものに限定することになった。
これにより、EU域内への輸出している日本の製造者にISO9000認証要求となったわけだ。


日本の建設業は多層構造で有名だが、製造業も大差はない。
1980年代、当時の家電の有名どころは部品やサブアッサイは下請けとピラミッド構造になっていたが、簡単なもの、利益の少ないものは、完成まで下請けというのが普通だった。
私もコマーシャルがさゆり婆ちゃんのとこ、倒産した〇〇〇ヨーとか、台湾企業に買収された元カーオーディオの雄とかの下請けをしていた。当時はどこも景気が良く、元気だった。

ISOの認証範囲というのは時と共に変わってきたが、当時はISO9002もあり、下請けの認証も強制されず、完成品までの場合は認証必要という考えだった。
いずれにしてもその結果、下請けのISO9002認証は必至である。
日本のISO認証とはこのようにして始まった。




うそ800 本日の要旨

ここまでをまとめると  

  1. ISO9000の目的は商取引の二者間品質保証協定の代用である
  2. それは顧客からの要求であった
    供給者は要求されたから認証しただけで、商売の義務だったからだ
  3. 要求事項は一般化され、二者間の品質保証と違い一般論になってしまった
  4. 認証範囲は人為的なもので理屈があるわけではない
  5. 認証した企業はビジネスが目的で会社を良くするためとは思いもしなかった
    ましてや企業倫理との関連など思いもしない(ここ重要)


うそ800 本日のassurance

これは昔話じゃないとおっしゃるか?
昔話とは昔のことに例えて、教訓や社会の矛盾を教える小話
でも次回は物語にします・・・assurance(約束するよ)!



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文末脚注
  1. Démineurs
    フランスの第一次世界大戦の激戦地では100年以上経った今も、不発弾(砲弾・爆弾・手榴弾)の処理を行っている。


  2. Technical Report—The Mk-XIV Torpedo: Lessons for Today


  3. 1990年のイギリス映画。1943年アメリカ軍の爆撃機乗員は25回出撃したら母国に帰れるというルールだった。だが実際には出撃すればドンドン撃墜され、(映画の中では)25回も生還できた飛行機はなかった。ただ1機、24回帰還した飛行機と乗員がいた。
    軍は彼らをヒーローとして募金や徴兵に役立てようと考える。だが任務遂行を助けるわけではない。乗員は必死に戦いやっとのことで基地にたどり着く。


  4. スティーブ・マックィーン主演の1963年の映画
    ドイツに囚われたアメリカ軍兵士が大勢で捕虜収容所を脱走する実話をもとにしたお話。上映時間が3時間もあるが絶対に飽きない。


  5. 日本はドーリットル爆撃を除いて、1944年11月24日(マリアナ諸島からの初の東京爆撃)〜1945年8月15日(終戦)でした。
    ドイツは1940年5月15日(イギリス空軍による本格的な爆撃開始)〜1945年5月(ドイツ降伏)まで爆撃を受けた。


  6. GMPとは「Good Manufacturing Practice」の略称で、普通は厚生労働省の「医薬品及び医薬部外品の製造管理及び品質管理に関する基準」のことを意味します。
    薬品や薬事法で定める機器や備品(包帯やX線装置など)を製造する者が守らなければならないことを定めた基準


  7. OEMとは「Original Equipment Manufacturing(Manufacturer)」の略で、他社ブランドの製品を製造すること、またはその製造業者を意味する言葉。
    下請けと違うのは自社開発の製品に他社ブランドを付けて納入すること。下請けは設計されたものの生産を請け負うこと。


  8. 第二次大戦後、かっては世界の中心だった欧州はアメリカやソ連の興隆によって二流の国家群とみなされるようになった。
    欧州の国家は協力して欧州の地位復興を図った。
    • 1958年 EEC(欧州経済共同体)設立
      フランス、西ドイツ、イタリア、ベネルクス3国(ベルギー・オランダ・ルクセンブルク)の6カ国でEECを立ち上げた。
      その目的は、域内の関税をなくし、加盟国間でモノやサービスを自由に動かして、経済の結びつきを強くすることを目指した。
    • 1967年 EC(欧州共同体)
      EECと欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)と欧州原子力共同体(EURATOM)が一つにまとまった。
    • 1987年 単一欧州議定書
      加盟国間の国境の検査をなくして単一市場を作ることを目指した。
    • 1993年 EU(欧州連合)成立
      マーストリヒト条約が発効し、経済だけでなく政治や外交、安全保障でも協力するEUが誕生した。
    • 通貨統合 €
      1999年により銀行間取引、企業決裁、株・国債などにユーロのしようが始まる。
      2002年ユーロ紙幣・硬貨の流通が始まる。







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