注1:この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但しISO規格の解釈と引用文献や法令名とその内容はすべて事実です。
ご注意ですが、法令は物語の時点を記しており、その後、改正があって現時点と異なるものがあります。
注2:ISO昔話とは
1992年12月上旬
ここは佐藤マシニング(有)の会議室兼食堂兼休憩所である。
外からお客様が見えればここで会って話をし、昼には従業員30数名が長机とパイプ椅子でお弁当を食べ、昼休みと午前・午後の休憩時間にはお茶を飲みタバコを吸う。
注:この時代、まだ副流煙の害やタバコは万病の元など言われていない。
正確に言えば国立がんセンターの平山博士が「タバコを吸わない妻でも、夫がヘビースモーカーである場合、肺がんによる死亡率が約2倍に跳ね上がる」という論文を出したのが1981年で、80年代末には新幹線や飛行機に禁煙席が作られた。
しかし法律で一般企業とか飲食店での分煙を要求したのは21世紀に入ってからだ。
今日はキャプソン社の高原さんが、ISO認証の指導に来ている。会社側は、いつもの吉永さんと山田さんの他に、社長の奥さんの真紀子さんが出席している。
高原さんと真紀子さんは初対面で自己紹介と挨拶をしている。
「高原さんのことは社長から聞いております。いつも、ご指導ありがとうございます。
実は社長からISO認証の準備の進捗が心配なので、これから私が見るようにと言われました。
それで、今度から私も一緒にお話を聞くことにします。よろしくお願いいたします」
「それは大変ありがたいです。やはり会社の重要なことには、経営側の方が参画していただくのがよろしいと思います。
吉永さんも山田さんも頑張っているのは分かりますが、状況が社長に届いているのかも存じませんし、私としても社長のお考えも知りたいところです。
私どもでは協力会社の方々にISO認証を要請しておりますが、同時に弊社もISO認証活動中です。社内でも認証準備はなかなかに大変です。順調ではありません。
進捗も心配ですが認証の期限がいつなのかも気になります。その認証の期限ですが、実は弊社でもいつまでに認証しなければならないのかは不明です。
EU統合後は、認証しなければ輸出ができないと言われています。それを考えると93年末になりますね
期限について、いろいろ噂を聞きますが、確実なことは分かりません。でも来年1993年内なら大丈夫と考えています。
とはいえ、まだ1年あると思われると困ります。私は来年末までに認証できるのか心配しています」
「そうなのですか。あと1年、普通に考えれば十分余裕があるように思えますが、準備することが難しいのでしょうね。
進捗ですが、吉永からマニュアルがほぼ完成したと聞いています。それは認証の準備作業全体でどれくらい進んだと見れば良いのでしょうか? 2割完了したのか3割なのか?」
「大まかなスケジュールを説明しますと、まずISO認証の仕組みと要求事項を理解する、これにひと月。次にマニュアルを作る、これにひと月とみています。いまここです。
それからマニュアルを支える規定類を作る、これがふた月から三月でしょうか。
そこから規定の運用と言いますか、要するに規則通りの仕事をする期間ですね、それが認証機関によって若干違いがありますが4か月から半年と言われています。
この運用期間が過ぎてからISO審査が受けられることになります。要するに審査員が見るのは規定を整備してからの、4か月とか半年の間に規定通りで仕事をしているかどうかを見るわけです。
ですからこの期間が十分ないと審査を受けられません。
そして審査を受けて合格すると審査登録証というのを受け取って認証取得と言います」
「といいますと、ええ審査まで準備開始から合計12カ月ですか、今はその2カ月過ぎたところと・・・」
「そうですね。来年明けから規定類、ここで規定とは社内のルールの意味です。会社によっては会社規則とかいろいろ呼び方が違うこともあるでしょう。その規定を作るのにふた月、それを社内に周知してそれによって仕事をする期間となります。
今までの状況を説明しますと、最初のひと月は担当者へのISO認証の仕組み、規格の解説を行いました。訪問2回くらいかけたつもりです。 現在は、品質マニュアルという文書の作成が義務なのですが、その案を作っているところです」
吉永さん |
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高原さん ![]() | ![]() |
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真紀子さん |
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山田さん |
「そのドラフトとは、原案とか下書きという意味でしょうか? それを作るところまで進んだということですか?」
「まだドラフト段階です。これからひと月かふた月かけて、そこに書かれていることが現実とあっているかを確認しなければなりません。
現実を書いたマニュアルが規格適合していれば第二段階は完了です」
「書いたことと現実の差異をチェックするといいますと、具体的にどのようなことを?」
「例えばISO規格では『製造中に発生した不良品は、良品と識別しなければならない』という要求があります。
それに対応するために、この会社では生産時に出た不良をどのように識別しているかをマニュアルに書くわけですが、それが実際にしているかが重要です」
「識別とはどういう意味でしょう?」
「英語のidentifyの訳で、異なるものを分けるとか表示することです。
具体例としては不良品なら、現物に不良のラベルを貼るとか、不良の置場に移動するとか、そういう措置をとることですね」
「なるほど、日本語より英語の方が分かりやすいですね」
「奥さんはそうですか? 私たちは英語が分かりません」
「ともかくこれからすることは、製造中の不良品をどのように識別しているか、現場を見てマニュアルの記述とあっているか確認することです。
あ~、そればかりでなく、完成後の検査で不良になったものも同じく識別しなければなりません。
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また良品であっても、似たような部品が混じらないように、識別することも重要です。
部品名を書いた箱に入れるとか、置き場を替えるとか工夫が必要です。
そのような要求が100個以上あります。品質マニュアルは外部へ出す説明書です。マニュアルの中に、沢山ある要求に対してどのように対応しているかを記述するわけです」
「それで吉永さん、今は具体的にどんなことをしているのですか?」
「仕事の手順を文書で決めなければならないというのがISO規格の要求です。
しかしウチには仕事の手順、まあルールですね、それを決めた文書がないものですから、これから文書を作らなければなりません。
例えば今はラインで不良があれば不良品と書いたプラスチックの箱に入れて、不良の伝票を書いてそこに置きます。そういうルールを書き物にしなければならないのです」
「なるほど、それを作らないとならないということですか・・・
でも、お話を聞くと、そういうことを調べてマニュアルのドラフトを作ったのでしょう?
なぜもう一度調べる必要があるのですか?」
「奥さん、実際には現場・現実を見てマニュアルを書いたわけではないのです。規格を元に当社ならこのようなことをすれば、規格を満たすかなという想定で作ったのです」
「なるほど、現在作り上げたマニュアルは規格を満たすだろうけど、現実はどうかをこれから調べるということね」
「はい、その通りです」
「うーん、高原さん、マニュアルができたと聞いてひとつの作業が終わったのかと思っていましたが、まだ実質的な進歩はないということですね」
「でも規格の解説を聞いて、具体的にどんなものを作るのかという意味では、一歩前進があったと思います」
「それは高原さんのおっしゃった第一段階ね」
「まあ、そこからマニュアルを作るトライアルしたことは前進と言えますね」
「分かりました。
ええと、先ほど当社には規定がないと言う話でしたが、規定とは具体的にどのようなイメージですか?」
「例えば払い出し伝票を取り上げれば、目的は何か、どのようなルートで処理するか、記入者、確認者は誰か、保管するか、使用後は廃棄するか保管するか、そういうものを決めたルールです」
「ただどのように規定を作るのかは、自由ではありません。働く人が使いやすいように作らないとなりません」
「ええと、使いやすいようにと言いますと?」
「頭で考えただけですが、伝票の使い方や保管を決める規定は必要です。現在はありませんから、新たに入ってきた人は、前からいた人に書き方とかどこに回すとか聞いています。
そんなあいまいなことじゃなくて、紙に書いてあれば、それを読めば仕事ができます。そのことはISOと関係なく進歩だと思います。
そこで考えなければならないことは、伝票は何種類も使っています。それらをまとめて伝票規定なるものにしても良いですし、伝票以外の部品の保管や払出の仕事の手順を書いた規定も書く必要があります。
そういう規定と伝票の関係を考えると、伝票のルールはその規定に含めた方が良いのかもしれません。
伝票はすべて物が動くとき付いていきますから、材料保管時、製造中、完成後の保管や出荷の規定で伝票の扱いを決めた方が良いのかは、みんなで議論すべきです」
「なるほど、よく考えているわね。言い換えると、これから現場の実態を調査しないと次に進まないということですか?」
「そうですね」
「私は現場の仕事の流れは知っていますし、山田さんは伝票処理とかはベテランです。でも伝票は最終的にお金の関係に繋がっているはずです。奥さんが参加してくれれば、そういうことまで含めて規定を書くことができると思います」
「ISO認証するためには、そこまで規定を整備しなければならないのですか?」
「いえ、ISO9000では物が仕様通り作られる仕組みを作れとあるだけで、お金とか人事とか安全衛生とかは無関係です」
「なるほど」
「でも奥さん、ISO認証のためだけに、規定を作るというのは悲しいと思いますよ。
この会社が今後10年20年と継続していくためにも、会社の仕事のルールというのをしっかり作っておくべきだと思います。
山田さんが入社したとき、奥さんから伝票処理を習ったと聞きましたが、口頭で教えるのでなく、会社の業務はルールをはっきりと決めて、それを教えなければならないと思います」
「とはいえお金の関係はある程度秘密だしね」
「そういうものは一般社員に見せなくても良いと思うのです。ただ作っておくべきです。会社としての揺るぎないルールは必要だし、概要を従業員に知らしめる必要があると思います」
「私も同感です。ISO認証のためにルールを文書化するというのは無駄に思えます。今まで明文化されたルールがなくて困ったとか、ミスが起きたということはありませんか。
ルールとか規定といっても、法律のように目的があって定義があってと形式が大事じゃありません。
吉永さんが書いている現場用図を拝見しましたが、文字だけでなく仕事を絵で描いているものが多いです。同じように伝票に記載した絵を描くのも文書化ですよ。
ISO規格ではルールは暗黙知でなく形式知にしろ、口頭でなく文書にしろというのが基本です。でも『文書にしろ』と言っていますが『文章にしろ』とは言っていません。
文章でなく、図と少ない文字で表せれば、それに越したことはありません」
「規定を作れば仕事のミスが減りますか?」
「出荷するときに、製品の客先の図面番号とか品名、送り先、個数、梱包状態、納期などをチェックしています。以前キャプソン社さんに送る部品を、28774の代わりに28747を送ってしまいました。
あれは今ではチェックシートを作って点検者名と日付などを書いたチェックリストを出荷検査の記録として残しています。でもルールがありません。だから事故が起きた当時の人がいなくなったら、使われなくなってしまうでしょう」
「なるほど、文書化したルールですか。
ルールは何件くらい必要なのでしょう?
先ほどISO規格の要求事項が100個ほどあるとおっしゃいましたね。規定も100個必要ですか?」
「いえ、いえ、要求事項はたくさんありますが、規定とは仕事の仕方を示すものです。ですからひとつの規定で、複数の要求事項に対応することになります。
そういう見方で規定を分ければ、そうですねえ~、二十数個から三十数個というところですか。
もちろん先ほど山田さんが言ったように、伝票類をどういうふうに規定にするかなどによって数は変わるでしょう」
「規定そのもののイメージですが、1件何ページくらいを考えていますか?」
「はっきり言って会社の考え方次第ですね。
伝票の規定と言っても文章ですべてを表現することもありません。伝票の作成から廃棄までの流れをフローチャートに書けば1ページです。そして伝票を原寸で書いて、そこにいつ誰がどのように記載するかの図を1ページとすれば、規定は2ページで済みます」
「そんなもので良いのですか?」
「簡単に済むことを大げさにすることもないでしょう。
もちろん山田さんがおっしゃったように規定を集めて一つの規定にするなら、伝票が10個なら20ページになりますし、倉庫保管の規定なら、入庫出庫の二つの伝票が関わるなら、倉庫保管の規定の後ろに二つの伝票の絵を添付すれば良いでしょう」
「なるほど、というと規定全体の仕事量は100ページくらいになりますか?」
「そうですねえ~、規定ひとつを4ページとして25件で100ページ、それくらいにはなりますか。
一つの規定にいろいろ盛り込めば規定の数は減るけど、全体のボリュームは変わらないでしょうね」
「規定を大きくしても、小分けしても同じ負荷なのね」
「どちらが使いやすいかですが、一つの規定をあまり大きくすると、調べるとき目的にたどり着くのが大変で、小分けし過ぎると全体像が見えにくくなりますね」
「吉永さん、山田さん、そこはどう考えているの?」
「いろいろ考えているのですが、スパッと割り切れませんね」
「分かった。私も今日からお手伝いに入るわ。こういうのは頭で考えても進まないのよ。良くても悪くても規定一式作ってみましょう。
マニュアルのドラフトで引用している規定をまず作りましょう。ワープロなら私がするわ。
お二人は、各規定で決めるべき事、そして現在の仕事のやり方を、調べてメモでも図でも良いから描いてちょうだい。
もちろんメモ書きでよいから手順は正しく把握してね。
それを基に規定案を作って現場で現実と見比べて修正を繰り返しましょう」
「現場に合わせるのも大事ですが、規格を満たすことが必要です。だから現場優先でもいけません」
「それはもちろんですね。
ええと、吉永さんと山田さん。マニュアルで引用している規定は今何個なの?」
「伝票の話をしましたが、それ以外にも規定を書くとき区分けをどうするか、決めてないのがいくつかあります」
「分かった。それはどうとでもなるわ。伝票はまず今ある伝票を全部洗いだして、それがどう使われているかを絵にでも描いてくれればいい。規定を書くのは最後にするわ。
高原さん、じゃあ規定のドラフト作りは進めます。2週間あれば何件かドラフトができるでしょう」
「奥さん、本当ですか! 簡単にはいきませんよ。ワープロしなくちゃならないですし」
「ワープロは私がしましょう。得意なのよ。
高原さんが次回いらっしゃるのはいつになりますか?」
「奥さんが参加してドラフトが予想より早くできるなら、そうですね10日後にお邪魔しましょう」
「奥さん、無理しても長続きしませんよ」
「高原さんが10日後なら最低4個や5個はできますね。全部作るより数個作ってみた時点で、一度、高原さんに講評してもらった方が良さそうですね」
その数日後である。吉永と山田は、社長から週の2日はISO対応の仕事をして良いと言われている。実際に仕事を抜けてISO対応の仕事をしていたのだが、現実には分からないことばかりで、二人でああでもない、こうでもないという話をしていることが多かった。
真紀子が参戦してからは、こういうことを調査してきなさい。伝票のルートを実際に追いかけて、それぞれでどこが記入され何に使っているのか確認してきなさい、というふうに具体的に指示されるので悩むことはなくなった。
その代わり歩き回ることが多くなり、毎日夕方になると疲れる。
ただ日々、前進しているという実感がわいた。
本日の思い出話
その後、職場を替わった。その会社では規則を3年ごとに見直ししなければならないというルールだった。もちろんと言っては何だが、どこの会社と同じく定期見直しなどしていない。
さあどうしようとなった。私は既にISO認証の専門家(?)だったし、規定など三桁は作っていた。それでそこでは下っ端だったから私がしますと進んで申し出た。
みんなは1人でできるはずがないと言うが、私の心中では時間の見積もりもしたし、パソコンは1台預けられていたからお茶の子さいさいである。半月もかからず30本ほどの規定の見直し作業を終えた。
芸は身を助けるとは 真 である。
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