注1:この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但しISO規格の解釈と引用文献や法令名とその内容はすべて事実です。
ご注意ですが、法令は物語の時点を記しており、その後、改正があって現時点と異なるものがあります。
注2:ISO昔話とは
1992年11月上旬
ここは前回登場した、埼玉県の従業員32名、機械加工の小さな町工場です。
客先からISO9000の認証をしろと言われた。どうしようかと悩んでいたが、大手顧客から高原さんという専門家が来て指導してくれることになった(第5話)。
社長はすっかり安心して、もう大船に乗った気分だ。大丈夫だろうか?
前回、来社したとき高原さんは、ISO認証の仕組みとISO規格の概要の説明をした。そして、吉永さんと山田さんに規格の要求、つまり規格の中で「・・・する」と書いてあることを読んで、何をしたら良いかを考えておいてと言った。
それでここ十日ほど、二人は規格を読んで、「・・・する」という文章を書きだして、自分なら何をするのかを考えている。
二人とも学校を出てから10年も経っていて勉強法など忘れた。ノートを買ってきて規格で「する」とある文章を1ページに1行ずつ書いていく。そしてその下にその行を読んで、具体的にすべきこと、思いついた対応策や疑問点などを書いている。
「する(shall)」は100個くらいあるのでノート2冊になった。
注:要求事項の数はshallの数とは違う。一つの項番でshallが1個しかないところもあるが、「次のようにする」と書いた下に複数の箇条があり、しかもその中で多々すべきことを記述しているものもある。
実際の要求事項の数は、文章を読んで数えないと確定しない。これはISO9001:2015でも同じだ。
その作業は二人別々に行い、ときどき見せ合っている。二人とも同じ考えだったり、全く別のときもある。高原さんの話ぶりでは、まずはISO規格を読んで考えさせたい雰囲気だったので、正解でなくても良いと思う。
1992年11月上旬の終わり
高原さんが来た。
「お二人ともISO規格を読まれたと思います。今まで規格を読んでみて、何を言っているのか分からないとか、どうすれば要求を満たすのかワカラナイとか、その他疑問あったことでしょう。
体面を気にせず思うことを言ってください」
「特殊工程ってなんですかね? 想像がつかないのですが」
「作業や加工によっては、後から検査しても合否が分からないものがあります。例えば塗装面に油が付いていると塗装後に検査しても異常がなく、何年かたって塗膜が浮くことがあります。そういうものを特殊工程と呼びます。
お宅は機械加工ですから、普通はないでしょう。加工中の温度上昇によって焼きが戻るとかありますか?もっともその場合でも、硬さ試験とかできますかね」
「そういうことでしたら、当社には特殊工程はないとしても良いのですか?」
「それで結構ですよ。規格要求にあるからと、わざわざ作ることはありません。
その反対ですが・・・現在では測定とか検査方法が発達して、かなりのことまで非破壊検査で見つけることができます。そういった特殊な試験・検査では見つけることができる特性でも、費用対コストの関係で特殊工程としたところもあります」
注:特殊工程とはISO規格が初出ではなく、以前から同じ意味で使われていた。
「購買のところで質問です。この会社では金属材料はすべて図面で指定されているだけでなく、発注先も半ば強制的に指定されています。
こういった場合、下請負先の評価はどうしましょう」
「その場合は客先指定ということでよろしいでしょう。それだけでは何ですから、品質とか納期などで問題があれば、客先と対策を協議するというルールにしておいたらいかがですか?」
「ルールと言っても何もないのです」
「ルールがないって? 何かあるでしょう。
生産する材料を発注するときは、誰が生産計画を見ていつまでに何をどこに発注する、受入検査、支払い方法はどうするとか決めたものはないのですか?」
「何もないわ。私がこの会社で働くようになって、まだ1年と少々なのですが、入社したとき社長の奥さんから生産計画・・・といっても、それは高原さんの会社で作ったものですが、それと部品対応で使う材料と数量の表、それも高原さんの会社から渡されたものですが、そのふたつから必要量を計算して、在庫を調べて発注量を計算します。
発注先も指定されていますから、計画表に書いてある納期などを注文書に書いて送付するだけです」
「最初から御社が調達してウチに支給してもらえば簡単なのです。あるいは発注者が当社でも御社のコンピューターで発注してくれた方が私どもは楽なのですが」
「それはあれですね、当社から無償支給とすると資産管理が面倒になり、有償支給にすると手間暇がかかる。
とはいえ、当社が御社が払うものを発注したらおかしいでしょう。それに法規制があるからそれを逃れるためですな。
しかしながら、お宅としても一人前の会社なら、発注システムを備えなければ他所さんの仕事も取れませんよ。
そうだ、ええとですね、受注の確認は規格要求です。しかし発注の確認は規格要求にありません。とりあえず考えないことにしましょう」
「考えないと手順書が作れません」
「規格の『4.6購買』では発注手順は要求されていない。
次行きましょう、次」
「そんなぁ~」
「規格で『・・・する』というものには、手順を会社の文書として定めることが必要でしたね。
ウチには立派な文書体系もないのですよ。
例えば就業規則はありますが、市販の出来合いの空欄に記入したものがあって、用のある人はそれを見せてもらうだけです。
それ以外に会社の規則と言えるものはありません」
「ええと、ISOでいろいろな要求がありますが、それらはISOだからということでなく、製造業ならば一般的なものです。そう言ったことを定めたルールはないのですか?
例えばここではノギスとかマイクロとか、3次元測定器があるかもしれません。
そういった計測器の校正をどうしていますか?」
「3次元はウチにはありません。工業団地内には3次元を持っている会社は数社ありますので、必要なときはお金を払って借ります。実際には向こうの人に測ってもらうのですが」
「それじゃ・・・マイクロメーターなどは?」
「工業団地の組合が各社にアンケートを取り、毎年、校正屋に来てもらうのです。
普通の会社は、校正した月の翌年の同じ月内まで有効期間としているので、組合員同士で日程を調整してうまくやっています」
「その手順はありますか? つまり工業団地の組合経由で校正を依頼するとか、有効期限が過ぎたら使わないとか?
それと毎回の測定データと合否判定の記録はありますか?」
「測定データはありますね。何年分保管しているかはちょっと分かりません。
手順といっても組合から毎年連絡が来ますから、それに従っているだけです」
「トレーサビリティとかは大丈夫かな?」
「校正の専門業者ですから大丈夫でしょう。そういえば基準機と国家標準のつながりを示す紙は校正の都度もらっています。
そうだ、校正業者に聞けば過去の測定データがあるかもしれない。そうすれば過去何年分かは確保できますね」
「話を聞くと、大丈夫そうですね。その辺の記録をあるだけでも用意してもらえますか。来週見せてもらいます。
内容を確認してISO的にOKならそのまま手順書にする、不足があれば手順を見直して今後はそれを満たすようにしましょう」
「前回、実施期間が3か月以上とかおっしゃいましたね。そうすると審査を受けられるのは、次回校正してから3か月後になりますか?」
「いや、そういうわけでなく、過去より定期的に校正していてその記録があれば、校正の手順を作れば大丈夫でしょう。
もっとも過去の校正内容が規格要求を満たしている場合ですが」
帳票類、伝票類、例えば払出伝票とか出荷伝票や、合格・不合格に張り付ける紙とかあると思いますが、そういうもののルールは決めていますか?」
「次回、お見えになるときには現物を一式そろえておきます。
とはいえ高原さん、ルールはまったくありませんよ」
「というのは社長が作れと言ったわけでなく、現場で必要だからと皆が案を出し合って作って今に至るというのがほとんどです」
「まあ、社長が黙認したなら社長が決裁したことでしょう。
そういうものの用途によってはISOの記録として残す必要があるかもしれません」
「皆、用が済むと捨てちゃってますね」
「例えば不良などが出たとき、発生数とか内容のデータなど記録していると思いますが、そういうものがありますか?」
「うーん、ないわけではありませんが、見せられるようなものはないですね」
「弊社に出荷する前に出荷検査をすることになっていますが、その検査結果はロットごとに添付されています。その記録はお宅でも控えているのでしょう?」
「ないですね。清書したものは納品に添付して、元データはノートに書いているだけです」
「本当! それじゃ、短期間で認証というのは難しいかもしれませんね。
次回来たとき、文書と記録と帳票の総点検ですね。それによってどうするか、どうなるか…
それじゃ、今日はマニュアルの話をしましょう」

製造現場から休憩所に戻ってきて、ペットボトルのお茶を飲みながら話をする。
「ISO審査を受けるために、品質マニュアルというものを作らないとなりません」
「機械の操作マニュアルのようなものですか?」
「機械の操作ではなく、御社の仕組みの概要を書いたものですね」
「会社の仕組みの概要というと、組織図とか職掌を書いたものでしょうか?」
「それとも違うのですよ。ISO規格要求の『何々すること』に対応して『このようにやります』と、要求事項に一個ごとに実行する概要を書くのです。
世間ではそういうものを品質マニュアルと呼んでいます」
「ええと、質問ですが、先日、高原さんは、ISO9000は審査を受ける組織がすべき事を書いた規格だとおっしゃいましたね。
ISO9000には、品質マニュアルを作れという要求は書いてありません」
「よく覚えてらっしゃいますね、おっしゃる通りです。
私の説明が悪かった。ISO9000sというものは品質保証の規格なのです。それを使って審査するという商売がISO認証なのです」
「はあ~」
「第三者認証制度は公害防止管理者のような法的な裏付けのある制度ではありません。
民間人が商売になりそうだと始めた制度で、囲碁の段位とか商工会議所の表彰と同じです。
品質保証の規格ISO9000だけでは、審査の手順等が決めてありませんから、認証機関は審査をする契約を結ぶとき、ISO9000の他に審査の手続とか、審査登録証の使い方などを決めたものを契約書の中に書き込みます。
その中に、審査を能率的にするために、審査を受ける会社の品質保証の概要を書いたもの・・・品質マニュアルと呼びますが、それを作成して事前に提出してもらうと書いているのです
とはいえイギリスの老舗の認証機関には、わざわざマニュアルを作って提出してもらうことはないというところもあります」
「ああ、そういうことですか。審査のルールを作ったとき、効率的に行うために追加したわけですか」
「そうです。規格の要求にはないけど、認証機関との審査契約書に書かれているので、マニュアルを作成するしかない。定型約款
「契約書で他に追加していることはないですか?」
「あります。めでたく認証されると審査登録証という免状が送られてきます。その使い方も好き勝手にできません。
また認証すると、認証したといろいろなものに表記することができますし、認証マークを名刺に印刷したりできます。その方法とかも決まっているので、それを守ることも契約書にあります」
注:ISO9001:1987には品質マニュアルを作れという要求はなかった。1994年改定で品質マニュアル作成の要求が追加になった。ただ誰かに提出するという記述はない。あんなもの審査員以外に見る人はいない。
これは1994年にはISO9000sの用途は第三者認証であると、規格作成者が認めた(認識した)ことになるのだろう。
「なるほどそうだったのですか。周りの工場でもISO認証に向けて活動しているところがありまして、なぜマニュアルを作るのだろうと言ってます。
どうしてかと思っていました」
「分からないことや理解できないことは沢山あると思います。それを放っておかず、疑問に思うことは良いことです。曖昧なままに進むことはいけません。
私が話す言葉で分からないことがあれば、いつでも質問してください。曖昧なまま進んでしまうことはあってはなりません」
「では早速、高原さんは前回、審査登録証とおっしゃいましたが、私たちが目指すのはISO認証でしょう。ならばタイトルに認証が付かなければなりませんよね?」
「それはいろいろあるのです。認証は英語certificationの訳です。日本語の認証でも英語のcertificationでも、特定の仕事をする許可とか試験や検査に合格した証明のことです。
イギリスでBS5570の認証が始まったときは国策でした。元締めはDTI(貿易産業省)ですから、certificationを使ってもおかしくなかった。
その後、BS7750を基に国際規格としてISO9000sが作られ、それを使ってISO第三者認証が始まりました。このISO第三者認証は公的なものでなく、民間が始めた制度です。
当初はcertificationという言葉使っていたのですが、語義からそう表記することは芳しくないと考えられ、審査登録という言葉を使うようになりました。審査登録とは『審査してその認証機関の台帳に登録する』そのままです。
それで証書のタイトルも認証書ではなく審査登録書と書くようになりました。
まあ、責任逃れですね」
注:物語は今1992年である。この時はまだ認証という言葉が使われていたと思う。
1994年にイギリスの認証機関からもらったのはcertificate of approvalと書いてあった。承認書とでも訳すのだろうか?
2026年現在どんなタイトルだろうかと、日本の認証機関をザっと調べた。
・登録証 一番多い。何をどこに登録したのだろう。不思議である。
・マネジメントシステム登録証 JQA他数社あった
・認証登録証 認証とは何ぞやとなりそうだ
・認証登録証明書 審査登録書との違いは何だろう?
・審査登録証 こう表記している認証機関はひとつだった
なお、認証機関という呼び方も権威がありそうだからまずいと、審査登録機関と改名した。しかし2000年頃だろうか、いつの間にか認証機関に戻っていた。
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本日の無駄話
この昔話では、大企業、中堅企業、中小企業を取り上げている。同じ出来事やチャレンジが起きても、企業の規模によって対応が違うだろう。また、周りの人の見る目も違う。
それで企業のサイズによって同じISO認証せよという状況においても、いろいろアプローチが違うだろう、でもそれぞれに努力し失敗も成功もするだろう、そんな事を書こうと思った。
注:ここで企業の区分は次のようにする。
大企業とは中堅企業・中小企業でない企業
中堅企業とは製造業では従業員数が中小企業より多く2000人以下
中小企業とは製造業では従業員数300人以下、非製造業では100人以下
一般論だが、大企業なら会社規則はどこでも構築されている。心配なのは維持だ。制定時は立派でも10年も経てば実態とずれていき、20年経てば空想か妄想になっているのは良くあることだ。
そんなことないとおっしゃる人もいるだろうが、工場や営業所レベルに行けば、会社規則でなく先輩や上司の言う方法で仕事をしているところは多い。
だからISO認証にあたっては会社規則の総見直しは必要になるだろう。
大企業は問題あれば自力で解決しようとする。ISO認証するなら社内でそれを知っている、いなければ類似の仕事をした人を探して任に当てる。当人はつてを頼って情報を集める。多くはグローバルに活動しているから、たいていの情報は手に入る。
それを基に対策案を立て実行し大体は成し遂げる。個人個人の力量もあるのだろう。
メンツもあるのだろうが市中のコンサルに頼ることはめったにない。大会社が頼むコンサルはボストンなんちゃらとかとかマッキンゼーだけだ。
中堅企業でも会社の文書体系は構築されているのが普通だ。だけどこれまた、文書が最新状態に見直しされているところは少ない。不磨の大典化
だからISO認証にあたっては会社規則の総見直しは必須だ。
問題やチャレンジが起きたとき、親会社があるとかグループに所属している場合は、親会社の支援を求める。または同じグループ内で横通しの情報交換や相互支援もある。
コンサルの力を借りることもある。
中小企業、特に非製造業ではお金に関する社内ルールはあっても、それ以外は具体的に決めていない所が多い。
これをどうするかというのが最初の難関である。
ISO認証を求められたらその求めた会社に、情報提供や具体的支援も要請するのが普通だ。
その他、国内の規制では行政の支援や指導を受けることができる。ISO認証の要請を受けた場合は、外国との取引は無理だが国内向けであれば、エコアクション21をISO14001同等とみなすことなどで概ね何とかなる。
1995年頃の話だ。近くの中小企業がISO9001認証したので訪ねて認証の苦労話を聞いた。
マニュアルは規格の文言そのままで「・・・をする」もそのままであった。規格が命令文(shall)であるに対し、マニュアルは平叙文(つまり書いた人の意志)だという。
しかもマニュアルを支える手順書がない。じゃあ手順を全部マニュアルに書いているのかとなると、書いてない。審査では過去よりある様々な指示書とか通知文のようなものを集めて、手順書であるとして見せたそうだ。
ともかく傍目ではツッコミどころ満載なのだが、審査は無問題でパスしたそうだ。どう考えても審査員が中小企業向けに手を緩めたというか審査基準を下げたとしか思えない。
大企業と中小企業では審査の厳しさは違っていると思う。
その後、中小企業なら手順書を作らず、マニュアルにすべてを書き込んでしまえという、コンサルや審査員もいた。
それは良い方法だと思う人もいるかもしれない。だが良い方法ではない。
マニュアルと手順書は目的が違うし、両方を兼ねさせるとマニュアルのボリュームが膨大となる。
例えば計測器管理なり伝票の処理手順を定めようとすると、最低A4数ページになるだろう。
会社の業務全体でなくISO認証のために必要なものだけとしても、20件の手順書は必要になるだろう。仮に1件5ページとして20件、合わせれば100ページだ。真新しいPPCでも厚さ1センチ、ポストイットを貼ったり度重なる使用によって厚さは膨らむ。
そしてまた1か所改定があれば全ページコピーし直すのか? 必要カ所のみ差し替えるならページごとのレビジョン管理をしなければならない。
文書管理をしこたましてきた身としてはご遠慮したい。
もっと時代が下がってISO14001のときだが、某社でマニュアルをA3で1枚の図表にしたという話題があった。まあ、どんな形態でも審査に合格すれば良いが、私はそれは有効なものではないと思う。審査のとき見せるためなら規格要求と実施事項の対照表で間に合うだろうし、手順書として実務に使うなら、よほど業務が単純(そうであれば手順書も薄くなる)でないと実用的でない。
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