イラクへの道(その2)

(これまでの経緯については、「イラク攻撃反対」を参照ください)

本人からの連絡により、様子をお知らせしていました。(文責:HP管理人)

ヤスミンの想定ルート
大きい画像は地図をクリックしてください
maps of Iraq


2003.05.10(土)22:30(現地10日夕方16:30)モースルまで来ました

今日はイラク北部の町モースルまで来ています。
クルディスタン・ダンスをみんなと踊ってきました。

これまで南の廃墟にされた町々を見てきました。要するに原爆ドームのように破壊された廃虚ばかり見てきたので、それとくらべれば、ここでも破壊はあるけれど、余程ましに見えます。電気もとおっています。
それでも、サッダーム・フセイン宮殿やバース党本部は滅茶苦茶に破壊され、省庁や銀行、重要な建物はみんな軒並み破壊されています。モースルへの道も、戦車やバスやトラックなどが真っ黒な残骸となって延々と破壊されて並んでました。道も壊されています。恐らく劣化ウラン弾も多用されたと考えられます。

上にはアメリカのヘリコプターがたくさん舞い、地上ではアメリカ兵がイラク人に銃を向けています。
宮殿などには落書きもたくさんあります。
略奪を恐れてかスーク(市場)はほとんど閉まっています。
アメリカはむしろ略奪者たちを守っているのです。北からアメリカが連れてきたクルド人や、アメリカが開放した刑務所の人たちに略奪するのをこのあたりでも奨励したと聞いています。

イラク人はみんな不安がっています。

バグダードでもLiberal Democratic Movementという団体を作って活動を始めている人たちとお話をしましたが、いまはアメリカに逆らえないし、しょうがないといいます。今は何も無い、教育省も真っ先に壊された。湾岸戦争のあとでは、政府があったので復興が早かったのだけれど、占領軍にはなにも逆らえない、何も出来ない、といっています。

サッダームは半年分の食料を民衆に配給したけれど、略奪などにあって、もう1〜2箇月しかもたない。どのように生きていけばよいのかわからないということでした。バグダードはゴミだらけ、女性の外出もままならないような状態だし、バスラではコレラも蔓延してきています。

イスラムはひとつ、ということでクルドもシーアもスンニーもなくひとつのイスラムの精神で国作りをしたいという願いは多くあるけれど、占領軍はそれを望んではいないようです。

バグダードでは昼も夜も銃撃戦の音が聞こえました。 NHKのニュースでは、バグダードの電気は60%回復して来たということですが、わたしたちが泊まっていたアメリア地区では1日に1時間程度、それも明け方しか電気は来ません。
アメリカのやることはイラク人の気を殺ごうとしているかのように見えます。

ガソリンも手に入れにくく、ガソリンステーションに2〜3日並んで待つのです。それで入れられるのは25リットルだけ。道端の闇で買うと200倍するそうです。

今夜は、ここモースルの川沿いのホテルに泊まります。この辺はのんびりしたところで、川沿いを牛たちがゆっくり歩き、来る途中でも羊たちの群れをたくさんみました。戦争さえなければのどかなところです。
明日朝早く、ファジュルを済ませてから出て、昼にティクリット、サーマッラーに寄って明日中にバグダードへ帰ります。
そして12日か13日には発って、シリアへの道を試してみます。飛行機はダマスクスからなので、行かねばならないからです。だめなら、一度戻ってアンマン経由にしなければなりません。

2003.05.11(日)22:30(現地11日夕方16:30)バグダードに帰還

想定したよりも早くバグダードに到着しました。
それというのも、ティクリットでは車から降りれなかったのです。ティクリットはアメリカ兵やイラクの軍服を着た兵隊たちがたくさん守っていて、タクシーの運転手は行きたがらなかったのです。
撃たれるというのですが、結局車は走らせどおしで、降りられずに町を抜けてきました。
サーマッラーには寄ってこられました。
いつものことではあるのですが、料金をめぐって、タクシーと大もめにもめました。法外な値段を言うのですが、生活苦と、そもそもガソリンを手に入れるのが大変で、闇のガソリンを入れているからとか、やはり大変な状況なのです。
バグダードでも車も襲われているし、わたしたちがお世話になっているお家の方たちは、怖がって外出はしていません。

明日の朝、シリア国境に向かって発ちます。シリアが入国させてくれない場合は、しかたがないので遠回りしてヨルダンのアンマンを回ります。幸い、これまで危険をなんとか免れているので、最後までなんとかなるでしょう。
バグダードのホテルに滞在している日本人たちは何人もおなかをこわして、発熱している人もいるそうです。赤痢がはやっているので、その可能性もあるかもしれません。

2003.05.12(月)

(管理人より:今日は、連絡がありません。シリア国境を目指しているはずです。)

(報道:バグダード市内などに放置されたままのイラク軍車両の残がいの多くが放射能に汚染されていることが、11日、バグダード大学の現地調査で分かった。米軍による劣化ウラン弾の使用が原因とみられる。放射線の吸収線量は最大で、イラクで自然界に存在する量の十五倍を記録した。戦後も市民が被ばくの危険にさらされることになる。東京新聞 5/12 )

2003.05.13(火)ダマスクスに着きました

今日、長いことかかってアンマン経由でダマスクスに着きました。
近いうちに日本に帰ります。

バグダードの放射能ですが、ガイガーカウンタで調査している人から、針が振りきれたという話を聞いています。
詳しい話は帰ってからにしましょう。とにかくひどいことが多いです。

2003.05.15(木)17日(土)朝、成田に着きます

明日朝ダマスクスを発ってモスクワに向かいます。トランジットで再びエアロフロートに乗り、17日の朝9:40に成田第2空港ターミナルに着く予定です。



2003.05.17(土)無事帰って来ました

ジャミーラ高橋さんと人間の盾でイラク入りなさっていた村岸さんと一緒に今朝帰国いたしました。
私たちの無事を祈ってくださっていたみなさまに心からお礼を申し上げます。
今日早速渋谷での報告会に参加させていただいて、イラクの現状をすこしお話させていただきました。
今イラクは本当にひどい状態です。
今日は疲れているので、はやく休んでまたゆっくりご報告させていただきたいと思います。




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