ISO第3世代 128.管理体制の見直し3

23.12.11

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但しISO規格の解釈と引用文献や法令名とその内容はすべて事実です。

ISO 3Gとは


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物語は今2019年9月である。
岡山が工場に調査のメールを出して二日後までに、問い合わせた工場の8割から返事があった。磯原以下、4名がそれぞれ読んで話し合いをする。

田中 「まず磯原さんから頂いた宿題だが、坂本さんと私担当の過去に起きた事故の対応が規則通りだったかの検討と、岡山さん担当の過去に起きた事故の最善の対策の検討は、アプローチ方向が逆だけど、結果は同じ事になったね」

磯原 「後になって私もふたつの検討は同じと気づきました。私の設定が間違っていましたね。まあ、結果的に検証ができたと許してください」

田中 「いやいや、許すも何も検討して分かったわけで、やった甲斐はあったよ」

坂本 「それはともかく、分かったことは現行の手順は曖昧だということだ。あまりに漠然としているから、取った手段が規則に合っているのか・いないのかさえ分からない」

田中 「とはいえもっと手順をビジブルにと言われても、事故の要因も取り巻く環境もさまざまで同じものはない。だから個々の事例について作業要領書のように手順を決めつける書き方はできないんじゃないかな?」

岡山 「私もそう思います。発生した事故への最善な対応は、その時の状況に応じて考えなければならない。そしてその決定は、何度か類似の事故を体験した経験がなければできないと思います」

田中 「とはいえ……今取り上げている事例は漏洩だが、漏洩事故が頻発しているわけではない。スラッシュ電機グループには本体の工場が30ほど、関連会社の製造業は70はあるだろう。漏洩事故が起きる可能性のある事業所は、合わせて100前後になる。

漏洩事故 では事故はいかほど起きているかといえば毎年はない。10年間で5〜6件というところだ。学校を出てから定年まで環境業務に40年就いていたとして、工場100か所で発生する漏洩事故件数は10年で5回あるとして20回、そうすると……在職中に漏洩事故を経験するのは100人中20人しかいないわけだ。ましてや二度も漏洩事故を体験する人など……4人しかいないことになる。

漏洩事故以外でも廃棄物の不適正処理とか業者が悪さしたとか、電気設備の事故などが想定される。それらも在任中経験する人なんて微々たるものだろう」

岡山 「ということは事故事例を集めて周知し、追体験できるようにすることでしょうか?」

磯原 「それはいい考えですね」

坂本 「とはいえ顛末が分かる過去事例がいくつ集まるか、そしてどれくらい具体的で詳細なことまで分かるかだね」

岡山 「事故が起きた工場でもあまり具体的な記録を残してないかもしれませんね」

坂本 「それと追体験というけど、管理者だけとか担当者だけでも困るだろう。環境部門の全員が知識を持たないと」

田中 「そこはどうでしょうね、上意下達がはっきりしているなら、指揮官である管理者が決断して指示すれば一般社員は動くのではないでしょうか。非常時に皆がオロオロするのは、指揮官がしっかりと判断して命令しないためかと思います。
よく言うでしょう、戦場で兵士が恐怖を感じるのは劣勢の時でなく、指揮官が頼りにならないと思った時だって。

であれば管理者が十分に事故について理解して、そして緊急時の指揮ができるなら非常時の対応は十分かと思います」

坂本 「そう言われるとそうだね〜。というか平常時でも管理者が判断して命令するなんてことはないね。ボトムアップとか自主的と言えば聞こえはよいが、指示命令があいまいなままその場の空気で仕事が進んでいくのが多いね」

どうでも良いこと
ISO14001の緊急事態の原語はemergencyであり、その意味は「すぐさま対処しなければならない予期せぬ危険な状況」である。
その意味では法的届の漏れとか廃棄物の不適切処理は当面処置と是正処置を要する問題ではあるが、その緊急度合いは「すぐさま」ではなく「遅滞なく」程度であり、ISO14001の緊急事態ではない。

疾走 走る 歩く
直ちに
immediately
速やかに
as soon as possible
遅滞なく
within reasonable time

Cf. 法務翻訳のノウハウ 「直ちに、遅滞なく、速やかに」

岡山 「ここまでを集約すると、過去に発生した事故の顛末をまとめること、そしてそのときの最善策を併記することでよろしいでしょうか?」

田中 「よろしいのではないかな」

坂本 「過去の事故事例、それも漏洩とか廃棄物、火災、その他累計毎にいくつくらい集まるかね」

田中 「顛末が分かるものは発生の1割あるかどうかですね。まあ1件でも2件でもあれば勉強にはなるでしょう」

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岡山 「では次に、私の担当だった会社規則と下位文書でどこまで決めているかは田中さんが話してくれましたのでパスして、磯原さんの担当だった環境管理体制の問題点、組織体制、人員、資格者の状況についてはいかがでしょうか?」

磯原 「我が社の工場及び規模の大きな関連会社など約20拠点について、各工場の職制表と有資格者名簿、届け出名簿を調べました。

細かい対照表は別途ご覧いただきたいですが、まとめると次のようになりました。
まず全社の体制や事業拠点の環境管理組織には問題というか欠陥はないと思います。
なお環境管理の職制組織名はいろいろですが、それはどうでもよいです。ISO14001認証が始まった頃は、組織名に環境を冠していないと審査員がケチをつけたそうですが、笑うべきか怒るべきか迷うところですね(皮肉だよ)。

ええと管理すべき項目、排水、大気汚染、廃棄物、省エネなどについて管理者と担当者はアサインされています。人数も少ないとは言えないでしょう。

工場 ただ皆さんもご理解されていると思いますが、従業員3,000人とか4,000人もいる工場もありますし、関連会社ですと従業員が30人とか50人のところもあるわけです。
3,000人の工場では廃棄物担当といってもスタッフが2名、現場の作業者が10名なんてこともある。電気関係でも数人いるのが普通でしょう。

でも30人の工場では環境担当者1名が全部見ているのが普通です。確かに負荷計算ならそうかもしれない。しかし電気も公害も廃棄物もすべて知っているというのは難しいでしょう」

田中 「ということは組織や人員数は現状で良いということなの、問題はないの?」

坂本 「有資格者が足りないとか後継者がいないという問題は?」

磯原 「私の考える問題は、もう少し後で話したいと思います。
まず有資格者の件ですが、現実に不足という事業所はありません。ISO審査などでも必要資格者はチェックしています。もちろん不足なら法違反ですからね。
後継者についてもカツカツのところはありますが、ISO審査だけでなく環境管理課では中長期的なスパンで保有状況を見ていますから、問題になりそうなところはありません。

とはいえそういうのは形式的なことであり、公害防止管理者資格を持っていれば仕事ができるのかといえば、あまり関係ないんじゃないかなと思います。また逆に漏洩事故が起きたところが、水質の公害防止管理者が不足だったなんてこともありません」

坂本 「確かにそうだよね。わしは公害防止管理者の資格を全部持っているけど、水質以外で届けに名を書いたことはない。騒音とか振動については、資格は持っていても実務を全く知らない」

磯原 「工場では環境以外でも名義借りすることもありますしね……
まあ、そういったことを眺めると、感じたことは従事している人たちが、自分の仕事でどんな問題が危険があるのか、事故が起きたらどんな影響があるのかを、十分認識していないことじゃないかなと思いました」

坂本 「それはまさにISO14001の認識ですな?」

磯原 「そうです。ええと7.3b)の『自分の業務に関係する著しい環境側面及びそれに伴う顕在する又は潜在的な環境影響についての認識を持つこと』ってやつですね。
廃棄物を例に挙げると、マニフェスト……紙でも電子でも同じですが、種類という項目だけ考えても、それが持つ意味というか重さを理解しているかということがあります。『特管』にチェックするとき、それが本当に『特管』に該当するのか、『産廃』と『特管』の違いを理解しているかというのは重要です」


注:ここで「特管」とは特別管理産業廃棄物のことで「産廃」とは通常の産業廃棄物のこと。


岡山 「そういうのはISO審査で見ないのですか?」

田中 「岡山さん、ISO審査ってそれほど厳密に見てないよ。
そもそも審査員がアウェアネスの意味を知っているのかどうか分からない」

坂本 「話がそれちゃいますが、気になるので教えてください。
規格要求の『認識』ってどういう意味なんですか?
アウェアネス(awareness)ってISO14001の1996年版では『自覚』、2015年版では『認識』って訳されているけど、日本語で『自覚』と『認識』は意味が大きく違うよね」

岡山 「英英辞典を引くとawarenessは『the ability to notice something using your senses』ですから『五感を通じて何かに気づく能力』という意味ですかね。日本語の『認識』というより『知覚』とか『感知』というニュアンスかと思いますね。誤訳ですかね?」

田中 「私もそう思っていたんだが、最近読んだ本では単なる『気付く』というニュアンスじゃなくて『油断なく持続的に周囲に注意を払う』とあった(注1)単に気づくのではなく、異常がないかと気を配ることのようだ」

坂本 「ちょっと待てよ、翻訳文の『認識を持つこと』という文章でも、『常に●●認識していること』と解すれば、翻訳が間違っているとは言えないぞ」

田中 「『認識』という語が一般的に常に気にかけていることと理解されているとは思えないね。そして『自覚』にしても常時意識している意味ではないと思う。普通は『身の程を知る』とか『わきまえる』という意味合いじゃないですか」

岡山 「はあ〜、単に理解することでなく、常に周囲の状況に注意を払うことが認識か。
JIS訳は『認識を持つことを確実にしなければならない』ですね。持続的っていうニュアンスには受け取れませんね。せいぜい一度学べば良いという感じ。
沈思黙考 田中さんのおっしゃるニュアンスにするなら『常に異常の有無に注意を払うこと』とでも訳さなければならないでしょう」

坂本 「過去の経験では『認識』についての質問は、この仕事にどんな危険がありますかと聞く審査員はいても、常に状況に注意を払っているかと質問されたことはないね」

磯原 「しかしそうなると力量を持つことではなく、常に力量を発揮することの要求です。これは極めて厳しい要求ですね。とはいえ、そうでなければ意味がないか……
とすると多くの場合、真の意味の認識ではないから規格不適合になります」

坂本 「常にそのような認識をしていれば事故は防げるのかい?」

田中 「いや防げないでしょう。常に意識していても、予防処置でなく監視の質向上ですから。
ただそのようにサンプリング頻度を上げれば、早期に異常に気付き速やかなフィードバックができる。それによって環境影響の抑制と緩和につながるだろう。それはズバリ8.2緊急事態への要求だ」

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結局、4人で話し合った結果は、組織体制や人員の問題ではないこと、そして規則レベルの欠落などの問題でもないことに至った。

だが現実に緊急時に対応が不適切という問題がある。それはなぜなのか?
それにはいくつかの問題が思い当たる。

ではどうすべきか、

田中 「ハードというか仕組みは現状でも悪くないと思うね。でもソフト、実際の運用での判断とか指示とかが未熟なんじゃないかな」

岡山 「するとフローチャートのように判断と分岐を細かく決めておいて、異常発生時はそれに従って行動するように決めるわけですか?」

坂本 「そんなもの作っても眺めても頭に入らないし、緊急事態が起きたときに、フローチャートを見て考えていては仕事にならんよ」

田中 「それにこういうものは規則とかで決めるものじゃないよね。その場その場の臨機応変な判断と行動が求められるんじゃないかな」

坂本 「とはいえやるべきことはあるよね。本社報告とか消防署に連絡するとか」

田中 「大きなことは決まっているけど、漏洩事故でも土嚢が先か、吸着マットかひしゃくかなどは、その場その場だろうね。一律には決まらないよ」

岡山 「となると緊急時代のあるべき対応は規則に決められないということですか。
とはいえ判断や行動のある程度の方向付けは必要ですよね」

田中 「手順(procedure)となると、そこからの逸脱は許されない。だから基本形を示して、状況によりそれを基本に適切な行動すべきという指針(guideline)ということになるのかな。指針とか要覧なら強制力はないから」

坂本 「となると基本というか手本は示せるが、臨機応変な判断とか行動はどこで決めるの?」

田中 「それこそ訓練じゃないのかな
表現が悪いけど、体で覚えるというのもあるのではないかな」

岡山 「訓練ってホースをもって走ったり、吸着マットを広げたりすることですか?」

田中 「それもあるけど、ある状況を示してどのように判断するか、しっかり指示命令できるかの練習もあるだろう。ケーススタディだよ」

坂本 「そういう練習は効果があるのかね?」

田中 「分りません。やってみる価値はあるでしょう」

磯原 「今回の山内さんの指示には、行政や本社と連絡つかない場合とかの行動もあったよね」

田中 「そういう事態を想定してケーススタディをしてみて、その結果をみんなで議論・評価して可能な最適解を考えるしかない。そういうことを積み重ねれば進歩はあるでしょう」

坂本 「仮にケガ人が出て救急車も連絡つかないというときは、どういう行動が正解になるんだろう」

田中 「正直言って打つ手がないという選択しかないかもしれない。東日本大震災のとき津波で亡くなった遺体があり、ケガ人もいた中を、生き残った人たちが避難所目指して移動するなんて読んだけど、我が身の安全を確保する以上のことはできないこともある。いやそれさえできないかもしれないんだよね」

坂本 「うーーん」

田中 「ケガ人が出た、救急車を呼べというシナリオは平時であるときは成り立つでしょう。でも天災のときは、行政も機能しません。
ケガ人を見捨てて動けるものは避難しろという選択をしなくちゃならないこともあるということです」

坂本 「ケガ人を見捨てることは刑事罰があるだろう」

田中 「刑法に緊急避難というのが定めてあり、自分の命や財産に対する危険があるとき我が身を守るための行動は罪にならない(刑法37条)。
但し業務上特別の義務がある者、警察官・自衛官・消防職員・船長などは緊急避難の対象外とされる。
企業の管理者は緊急避難の対象外には該当しないようだ。」

消防士と自衛隊員警官警官

岡山 「工場長であろうと環境課長であろうと、皆と一緒に逃げてもよいということですか」

坂本 「工場長だってそこまでの責任はないだろう。皆が吉田昌郎さん(注2)のようなことはできないよ」

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翌日、磯原、岡山は4人で議論した結果をまとめて山内に報告する

山内 「要するに会社の組織・体制は現状でよい。環境管理体制を中央集権とか分権化ということは問題の原因ではないということか。要約すると各事業所が責任をもって判断し行動せよと言うだけで済むのか?

もちろん緊急事態における判断や行動の指針を作る。そして環境管理部門の管理者を集めて判断や行動の訓練をするということか。
災害が起きて行政や本社と連絡がつかない場合でも、それで間に合うのか?」

磯原 「基本は事業所において判断し行動するという点では、平常時でも非常時でも同じです。それは会社規則で事業所長の権限として決まっています」

山内 「ということは、工場の管理者は、責任感をしっかり認識しないとだめということだ。
今はそれができないというか、責任を負いたくないからズルズルと手遅れになっているのではないか」

岡山 「ですから、そういったことに対応できるよう管理者への教育が必要なのです。
そしてそれに基づいた有効で効果的な訓練を行う」

磯原 「もちろん管理者だけでなく、事業所長へ責任を負うことを知らしめなければなりません。常在戦場です」


注:佐々淳行さんの本を読むと、いつも「常在戦場」という言葉が出てくる。見習いたい。


山内 「よし、分かった。事業所長には本部長名で発信しよう。新製品を開発したとか売上を伸ばしたなどの成果で事業所長になるわけだが、事業所長となれば経営責任だけでなく事故などの際の人命の安全確保や周辺への被害拡大を防ぐ責任も負うということを理解し実践してもらわないとならん。

君たちは、その教育訓練を計画してくれ。 今は9月だ。遅くとも11月に1泊2日でやろう。全工場の環境担当課長を集めろ。
それまでにテキストとなるものをまとめておく。それで教育してから判断や指示の訓練をする」

岡山 「時が経つほど、締め切りが厳しくなるような気がしますね」

山内 「それだけお前たちのの力が付いたってことだ」



うそ800 本日の認識

コスモスコスモス
コスモスコスモス

「認識とは何か」ということは審査員によって理解がいろいろだ。いや2015年で認識になる前の「自覚」の時代は、その解釈はもう百花繚乱であった。花の百花繚乱は美しいが、解釈の百花繚乱は見苦しい。

どんな解釈があったのか、忘れてしまった人が多いだろう。私が覚えているのを挙げてみよう。

当時は著しい環境側面に携わる人は訓練が必要だが、ごみの分別は理解すればよいから訓練不要で自覚すればよいと、訓練とレベルが低いものという考えの審査員が多かった。

このように多様な解釈をして、審査先で解説していた審査員が皆、審査員登録機関に登録できたというのは不思議である。……笑うところですよ。



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注1
「英語と運命」中津燎子、三五館、2005,p.325
「(awarenessとは)日本語で言うなら、それは油断なく周囲に注意を払う持続」である。
この一文だけで400ページのこの本を読む価値はあると思う。

注2ちゅう
吉田昌郎まさお(1955-2013)
東日本大震災時の東京電力福島第一原子力発電所 所長



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