序論・随想  らくな泳ぎの基本  らくな4泳法  楽しい泳法  泳ぎの理論  身体に故障がある時

この、らくらくクロール編では、プルの方法に全く違った特徴のある4つの泳法を紹介する。「八の字泳法」では、八の字プル、「招き猫泳法」では、直線的なプル、鉤腕泳法では、カギ型に曲げた腕を身体に巻き込むように回転させるプル、そして、円月泳法では、腕を大きく円月形に回すという、いずれもユニークな泳法である。

クロールとは、這うという意味である。腹ばいになり、肘と膝を使って前に進むときには、肩を大きく回さなければうまく進めない。前腕は目の前を一文字の形に横になって目の前を下りていくだろう。膝も前から後ろに押すことになる。クロールでも、一番力が入れやすいのは、こうして、体の前に肘を落とした姿勢で行う動きのときである。なかなか、トップスイマーがやるようなハイエルボーは、われわれ還暦スイマーには難しい。われわれは、一番、力の入れやすい形だけを考えればよい。いいとこ取りすれば良いのだ。

ここで、紹介する泳法は、そうしたことを原則に開発したものである。全く感じの違う4種類の泳法を、ぜひお試しあれ。



1. 八の字泳法


これから紹介する泳法は、泳ぎの練習のために考案したものであるが、「八の字泳法」と勝手に呼ぶことにする。このような泳法は、これまでにあるのかもしれないが、ともあれ、オリジナルとして紹介させていただく。

この泳ぎは、ゆっくり歩くようなリズムで、散歩をしているような感覚がある。

とても単純だ。また、肩が余り上まで上がらない方でも、充分できる。手が額くらいまで上がればできるのだから。

  • プルの腕の練習
  • プルの範囲
  • 泳ぐ前に、プルの腕の動きを練習しよう。まず、陸上でもプールの中でも、壁に背を向けて、尻を壁にぴたりとつけていただきたい。

    上体を前傾させ、前腕を額の少し斜め前方下に水平に「ハの字」の形に置く。これが基本姿勢だ。(左図上)

    まず、左腕から、ハの字の払いを延長する方向に、左斜め後方に、肘を伸ばさずに払う。手や肘が壁にぶつからないように、横に払い、肘の角度を常に直角近くに保ったまま、もとのハの字の位置に、静かに下ろす。(左図下)

    ハの字が揃ったら、今度は、右腕で逆方向に同じことを行う。前に置いた腕は肩とくっついて、上体のローリングと連動して動くが、その腕の形状は保つようにすること。

    これを、慣れるまで、何回も繰り返し練習する。

    壁を背にして練習する理由は、2つある。

    ひとつは、肘を伸ばさない訓練をするためである。肘を伸ばすと上腕三頭筋が疲労するだけでなく、後ろに回す時間が無駄になってしまい、重心も後方に移動するからである。泳速を上げるにつれて、前腕が流れて肘が伸びてしまうことはありうるが、あくまで、力を込めるのは臍付近までとし、肘を伸ばす意識はもたない。

    さらに付け加えると、この「払う」動きは、効率の良い揚抗力を生み、心地よい推進力も生むのだ。

    ふたつめの理由は、身体の面より、腕が背中側に回らないようにするためである。腕を背中側に回すと、肩の筋肉や関節を傷めるおそれがある。それゆえ、腕を横に払う過程では軽く肩を後ろに引いてローリングを行う。そのとき、前に残したハの字の片割れの前腕の形状は変えないこと。ただし、上体の大きな揺れに従って深く水底に向かって押しこむ動きは自然である。

    さて、充分に感覚をつかんだら、実際に泳いでみよう。

  • 基本姿勢
  • まず、壁を蹴って、蹴伸びしてから、右図のように、腕をハの字にする姿勢を取ってほしい。そして、以下の1、2で説明する腕のプルと足のキックを同時に左右交互に行う。下肢はピンとは伸ばさない。弛緩している方が良い。


    1.1 腕の動き

  • 右手からプル開始
  • 腕は伸ばさず腋を開ける
  • 壁際で練習したとおり、まず、右の腕で、ハの字の払いを延長する方向にプルを開始し、壁があるつもりで、右斜め後方に、肘を伸ばさずに払う。

    腋を開けて、手先はだらんと垂らし、指先が水面を這うようにリカバリーし、元のハの字になるよう、水面と平行に静かに腕を下ろす。ハの字に揃ったら、今度は、左手で同じように、ハの字のはらいを延長するように、斜め後方に、肘を伸ばすことなく払う。こうして、左右交互に、ハの字に静かに置いては払う。

    ただ、このプルだけでは、最初はあまり進まないかもしれない。25m泳ぐのに、30回くらいストロークを要するかもしれない。この泳ぎは、次に紹介するキックと非常に相性がよいのだ。このキックと合わせて、ゆっくり泳げば、半分くらいのストローク数で、楽に到達するだろう。さらに、後に詳述するが、肋骨を引き上げて、重心を前に移動すれば、さらに楽に進む。慣れてくれば、キックなしでも充分に進むようになる。


    1.2 キック

    足は片足ずつ、腕のプルに合わせて、腕のストロークと同じ側の足を、腕を緩めた時に大きく膝を曲げて、腕が腹にかかる時にゆっくり蹴る。蹴るとは書いたが、むしろ、押す、あるいは、伸ばして足先を揃えると考えたほうが良い。足によるプッシュなのだ。腕では、プルだけを行い、足では、プッシュを行うのだ。

    この「キック」は、プルの腕と同じ側の足で同時に行う。一応、2ビートだ。

    このプッシュの効果を知るために、とにかく、こんなに膝を曲げていいのと思うくらい、最初は特に深く蹴る。浅くすることは、いつでもできる。膝を曲げきった時には、水流の抵抗を感じるだろう。この時に滞留する水がキャッチされ、足でのプッシュの威力も増すのだ。これが、通常のキックと大きく異なる。

  • 散歩キック
  • 右図のように、蹴る方の足のくるぶしを、もう一方の足に沿って、その足膝の横にくるぶしが当たるくらいまで引きつけて、後ろにゆっくりズズドーンと押す(踵をもう一方の足より後ろに持って行ってはならない)。腹筋に力を入れて、身体を伸ばし、足先を揃えるという意識がよい。膝を曲げるときも、膝を腹に引きつけるくらいの気持ちで行う。これにより、腰が浮き、上体が前に押し出される。また、ローリングも加速される。

    足首から下は、いつも脱力していること。また、蹴らない足も脱力しているが、蹴る足と一緒に動いても構わないし、そのほうが、推進力も増す。むしろ、両足が仲良くしている方が、楽しく、気持ちが良いかもしれない。その場合は、傍目には、ドルフィンキックのように見えるだろうが、意識的に力が入るのは片側だけである。なお、蹴る足も膝が伸びきる前に脱力すること。

    これだけ深く膝を曲げるためには、曲げる準備の時間も必要だ。それゆえ、蹴るとき以外は、足の緊張を常に解いておくほうがやりやすいし、疲労も少ない。

    この「キック」を、今後の説明のために「散歩キック」と名づけておこう。

    散歩キックとハの字プルを、水の抵抗を確かめるように、ゆっくりと、同時に行うと、前のめりというか、前方に回転するような感じを受けるはずだ。そして、これが気持ちの良い推進力になっていくことが体感できると思う。

    散歩キックを初めて見る人は、こんなに膝を曲げるなんて見たこともないと、いかがわしく思うかもしれない。しかし、何よりも、散歩キックは、手足の動きが一致して自然であり、腰が浮き、推進力とローリングが加速されるすぐれものだ。

    もちろん、高速泳法には向かない。そもそも、2ビートは楽に泳ぐためのものだ。大きく曲げる膝は、水の抵抗にはなるが、下肢を浮かす効果を持っている。

    これは、体重を前へと移動することになり、抵抗により揚力をも生じさせるからだ。腰を浮かせて身体を水平にすることは、非常に大事なことだ。大きな面積の胴体を斜めにするより、太ももを斜めにするほうが、余程ましだ。膝を大きく曲げても、その欠点を補完する効果もあるのだ。このことは、蹴伸びして片方の膝を大きく曲げてみれば、その抵抗が然程でないことがわかると思う。


    1.3 息継ぎ

    同時に行うストロークとキックは、身体をゆっくり持ち上げる効果があるので、この時、そちら側に少し顔を回せば、楽に息ができるはずだ。 ただ、次の段階のことを考慮して、上体の浮き沈みも利用してみよう。同時に行うストロークとキックのバランスを調整することにより、上体をゆっくり持ち上げたり、上体を沈み込ませたりするのである。

    右腕の前腕を前方に置く際、左足のキックを若干大きくして、置いた右腕に頭の重さを加えて体重をかけて前方に飛び込むようにしてみよう。そうすると、前方の斜め下方に上体が沈み込みつつ、反対に下肢が浮き上がる。あたかも、右受け身に飛び込んでいく感じで、ローリングしながら時計回りにねじ込み、滑っていく感じがある。

    左腕は、ローリングに引っ張られて、すばやくプルが行われ、腋を大きく開けて水上に抜き去られてリカバリーされる。そして、前のめりに加速感をもって滑っていく間に上体が沈んでいく。次に、その左腕をハの字に押しこんでいくが、今度は、右腕でプルし、右足でキックする番である。この動作を、前方斜め上めがけて浮上する心持ちで行うと、スーッと上体が浮かんでくるので、右側に少し顔を回すだけで楽に息継ぎができるはずだ。

  • 右手からプル開始       腕は伸ばさず腋を開ける
  • この上体の浮き沈みの運動は、息継ぎが楽になるだけでなく、推進力を増加させる働きもあるので、今後紹介するどの泳法でも重要な要素となる。


    1.4 八の字泳法の評価と注意点

    八の字泳法は、動きが単純で、ラクであるにもかかわらず、その速度は、速くはないが、遅いものでもない。壁を蹴らないで、25mを16ストローク、35秒前後くらいのペースであろう。小一時間で2kmは泳げる。力を入れて泳げば、25mを14ストローク、25秒前後だ。

    散歩のストロークは、ハの字に斜めに払う。また、散歩では、意識的な大きなロールはしないが、腕のリカバリーは胸の平面を越えて後ろに回すと肩を痛める虞があるので、壁を背にした練習での腕の動きでリカバリーができるぐらいの上体のローリングは必要だ。また、浮き沈みを効果的に使う場合には、積極的にローリングしたほうが上手に沈みこめるだろう。

    それに、もうひとつ、ローリングの重要な効用がある。それは、キャッチだ。ハの字に置いて、残した腕の前腕は、もう一方の腕がリカバーしてくるときに、自然とローリングに引きずられて水流を斜めに遮る形になり、これが、水をつかむキャッチとなっているのである。したがって、これに続くプルが効果的に水を引っ張れる結果となっている。


    1.5 プルとキックの効果

    散歩でのキックの方法は、すでに説明したとおりであるが、このキックは、腰や下肢を浮かす効果と、前進力を生む効果がある。

    小さく蹴れば、水流に対して、膝を緩めた時の抵抗が小さくて済むが、上記効果も小さくなる。大きく蹴れば、その逆である。

    その効果の違いを、コースの行き帰りで、実際に、大きく蹴ったり、小さく蹴ってみて確かめよう。当然であるが、そのときのプルは、キックのスピードや強さと同期させて行おう。

    また、ゆっくりと弱く蹴ったり、強く蹴ったりして、その効果の違いも確かめよう。

    大きく蹴ったり、強く蹴れば、下肢の浮きが良くなり、身体が水平に近くなり、推進力も高まる。

    小さく蹴ったり、弱くゆっくり蹴れば、下半身が沈みがちで、推進力も弱まるはずである。

    ピッチも、意識的に、速くしたり、ゆっくりしたりすることによって、その効果や、疲労の程度も確認しておこう。

    どのようなキックが、自分にとって、らくな範囲で泳げるか、その時のキックの大きさやスピード、強さを確認しておこう。人にもよるが、おそらく、最も楽で、そこそこの効果があるのは、大きく、ゆっくり蹴った場合であろう。


    1.6 重心移動、浮沈の効果とらくな息継ぎ

    1.6.1 重心を前に移動する練習

    基本原則で述べたが、バタ足をしなければ、通常、足が沈んでいくものだ。普通、自然に浮かんだら、前に手を出していても足は沈んでいく。

    キックを弱くすれば、やはり、下肢が沈みがちになる。

    前進するための抵抗を少なくするためには、より水平に身体を保つ必要がある。当然、より速く泳ぎたいときも同じだ。

    沈みがちな下肢を浮かすためには、なるべく身体の重心を頭の方に引き上げるようにすればよい。身体の浮力の中心より重心が前に来れば、シーソーのように頭が沈んで足が浮くというわけである。そのように努力すれば、足が浮くようになり、キックなどしなくてもクロールや背泳が楽にできるようになる。

    その方法として、一番効果的なものが2つあることを、既に、基本原則2で述べた。


    (1) なるべく、前方に腕を残す時間を多くとる。

    (2) 肋骨を上に引き上げ、胃を肋骨の中にしまい、お腹を細くする。


  • 肋骨を上げて、胃をしまう。
  • 散歩では、このうち、(1)については、両前腕をハの字に置くことによって、腕を前方に残す時間を多くしている。その効果を確認するために、試しに、リカバリーした腕を前方にハの字に置く前に、もう一方の腕のストロークを始めてみると良い。前方に重心を置く効果が薄れ、下肢が下がり気味になることが確認できるであろう。

    次に、(2)について、練習してみよう。これは、少し修練が必要であるが、非常に有用な技術だ。何より、腹が締まって、スタイルが良くなる。がんばってみよう。

    まずは、陸上での練習として、空気を肺一杯吸って、その肋骨の形を維持して(図2)、空気を思い切り吐く。腹だけがしぼむはずだ。(図3)

    その違いは、右の動画で確認してほしい。

  • 図4 腹式呼吸
  • できるだけ、胃を肋骨の中にしまうように腹筋を使う(図3)。これは、腹筋運動で使う腹直筋ではなく、腹の横の筋肉(腹斜筋)を若干緊張させる。

    これができるようになると、実際に、この姿勢で、散歩を泳いでみて欲しい。そして、そうしないときと、そのようにするときの違いを確かめて欲しい。

    肋骨を上げる(胸郭を広げる)ことができるようになると、体全体が浮きやすくなると同時に、極めて容易に下肢が浮くようになり、浮くためのキックは不要なほどになる。こうなると、動作の緩急のピッチはどのようにでもなり、ゆっくりした動作で、そこそこ速く泳ぐことができるようになる。

    息継ぎは、肋骨を上げたまま、空気を吸って、肋骨はそのままに、水圧に任せて腹をしぼめてるように息を吐く。(図4 腹式呼吸)

    すなわち、いつも胸郭が広がっているので、息継ぎをする時は腹式呼吸で行うのだ。水の中で胸を膨らませるよりは楽なはずである。とはいえ、胸郭が広がっているので交換できる空気の量は、肺の半分ほどになるが、これには、すぐに慣れる。また、普通、息継ぎの直前に息を吐くほうが、浮力を十分に活用できて良いのであるが、苦しければ、息継ぎしない側でのプルのときに少し吐いても構わない。ここで、重要なことは、そうした動作の有無による結果の違いを認識し、適宜に動作を選択し、コントロールできるようにすることだ。


    1.6.2 浮沈の効果とらくな息継ぎ

    次に、上体の浮き沈みを利用する練習をしてみよう。同時に行うストロークとキックの強さのバランスを調整することにより、上体をゆっくり持ち上げたり、上体を沈み込ませたりする練習である。これは、これは、すべての泳法に共通で、非常に重要な動きなので、習得できるまで、しっかり練習しよう。

    ここでは、右側で息継ぎをする場合を想定して説明する。

    右腕の前腕を額の前方水面にハの字に置く際、左腕のプルを行いつつ、同時に行う左足のキックを若干大きくして、水面に置いた右前腕に上体の体重をかけて、頭を下げて押し込んでみよう。そうすると、下肢が浮き、上体が前方斜め下方に沈み込みつつ加速が得られるようになる。次に、既にリカバリーを終えて一緒に水没してきている左腕をハの字に戻すが、右腕のプルと右足のキックを、頭を上げ気味に前方斜め上めがけて浮上する心持ちで行うと、スーッと上体が浮かんでくるので、右側に少し顔を回せば楽に息継ぎができるはずだ。

    この浮き沈みを、最初は大きく行い、深さの感覚を確認してみよう。

    この浮き沈みの運動は、息継ぎが楽になるだけでなく、推進力を増加させる働きもあることを確認しよう。

    前進しながら、上体を沈ませたり、浮かせる場合は、ことさら肋骨を引き上げなくても、結構、楽に姿勢を制御できるようになるが、肋骨を引き上げると、浮力がまして、より確実に制御しやすくなる。

    下肢は、両足とも、なるべく脱力して、蹴る足だけに必要な時間、必要な力を加えよう。




    2 招き猫泳法


    八の字泳法を進化させて、もっと速くなる可能性をも秘めた、楽しい泳法を紹介しよう。あらかじめ、一度は、前項の八の字泳法を試してみることを奨める。

    その名も、招き猫泳法。あたかも、自分自身がねこになって狩りをしているような錯覚さえ持つ泳法だ。

    どの泳法でも、抵抗をなくすために身体を真っ直ぐに保つということは基本であるが、この泳法では、真っ直ぐに保つのは上体にとどめ、手足の姿勢や動きを、通常のクロールとは大きく変えた。

    通常のクロールでは、腕や身体を前後に長く伸ばすのが通例であるが、この泳法では、腕も下肢も、力を緩め、関節は伸びきらず、前後、上下への、バネのような動きが基本である。もちろん、高速になるにつれて身体は前後に長く伸びていくことにはなる。

    泳ぎの動作は、四足でゆったり歩く感じ。だんだん速くしていくと、ねこが獲物を狙って次々に跳躍していくような感じになっていく。もっとも、傍から見れば、大きな犬かきといった風情かもしれない。

  • 獲物を狙って次々に跳躍
  • しかし、そんな格好でも、そこそこの泳速はあるし、磨けば、もっと速くなる可能性を秘めていると、私は考えている。

    それでは具体的に説明しよう。


    1.1 基本姿勢

    図1 基本姿勢

    この泳法は、八の字泳法の変化形ともいえる。その違いは、腕の姿勢である。両腕を、ハの字に置くところを、平行に置くのだ。そして、できるだけ、弛緩して泳ぐ。一応、説明するならが以下のとおり。


    (1)頭から腰までの上体を、真っ直ぐ水面に浮かす。

    (2)腕は、スフィンクスのように、身体と上腕の角度、及び、上腕と前腕の角度を楽な範囲で90度以上にして、手のひらは水底に向ける。

    両腕の前腕は、水平にし、進行方向に向ける。

    (3)両足は、伸ばして、脱力する。


    重要なことは、上体の姿勢である。背中を反らせてはならない。むしろ、丸めるような意識で良い。


    1.2 腕の動き

    通常のクロールは、リカバリーした腕を可能な限り前に出すことを求めている。身体も、前後に長く長く伸ばせと。そうすれば肋骨も引き上げられることにもなる。

    前後に伸ばした身体の形状抵抗を小さくするためには、身体と上腕、上腕と前腕、それぞれの成す角度は、真っ直ぐ、即ち180度にするのが良い。しかし、この泳法では、真っ直ぐでなくても良いとし、90度以上であれば良いことにしよう。私のように、肩関節の可動範囲が狭い者にとって、背中を丸めがちにできるのは、100度から120度くらいが適当だ。

    これによって、上腕が水流の抵抗を受けることになるが、われわれ還暦スイマーのゆっくりした速度において、それは構わないとしよう。その抵抗には、必ずしも負の要素だけでなく、思わぬ利点もあると考えているからだ。

    さて、今、右腕がリカバリーしてきた状態を想定しよう。

    図2 前方水底めがけて押しこむ
    図3 招き猫のような手
    図4 プルの動作
    図5 肘を横腹まで引きつける

    図2のように、右の前腕を、進行方向に向け、水平に着水させ、前方水底めがけて押しこむ。手の平は下に向け前腕全体を水平に保ったまま、体重をかけてこれを押し込むのだ。

    そして、その時、反対側の左腕で、プルを行う。そのプルのやり方は右腕の説明で行うこととしよう。

    右前腕を「水平に押し込む」と述べたが、実際は、すこし前のめり気味に押し込んだほうが良い。前進するための揚力が得られるからだ。ただし、押し込み終わったら、手の力を抜いて水平に戻す。前方からの水流に対する抵抗を前腕に受けないようにするためだ。

    前腕を水平に戻すと、手の甲が手首から下に倒れて、図3のように、招き猫のような手の形になる。これが、キャッチとなる。キャッチというのは、理論編で詳述するが、プルを効率よく行うために水の塊を捉える大切な動作だ。反対側の左腕が、プルからリカバリーを終わって水面に水平に着水してくるのはこの時だ。

    さて、招き猫の手のようになった右腕は、図4のような、プルの動作に移る。

    これは、体重を乗せて押し込んだ右腕との相互作用として、実際には余り考えることなく、前腕を押しこむ時に自然と生じる上体のローリングに伴って、自然にプルされるのであるが、招き猫の手の形そのままに、肘を伸ばすことなく、真っ直ぐにプルを開始し、身体に纏わりつかせるように肘を横腹まで引きつけたら(図5)、図3のように(左右は逆だが)腋を広げてそのまま抜く。このとき、三頭筋を使って肘を伸ばさないこと。使うのは、腹筋と広背筋で肩甲骨を押し下げる動きだけである。

    抜いた手は、だらりと下げて、図2のように水面をなぞりながら、肘が肩の線まできたら着水し、最初の図のように、前方下方にねこが獲物を押さえ込むような感じで水中に押し込みながら身体は前に跳び込んでいく。前のめりだ。

    このプルは、半円状を掻く結果となり、これは、直進性を保ち、前進と胴体を押し上げることに力を発揮している。

    この時の格好であるが、次第にリズムを上げていくと、さながら、自分が豹になって、獲物に向かって匍匐し、ダッと跳びだすかのような気にさえなる。それゆえ、手指の形が、ついつい鈎爪になっているから笑ってしまう。なお、親指は、人差し指に軽く触れているぐらいが良いようだ。


    散歩キック
     

    1.3 下肢の動き:キック

    下肢は、上体の一直線に保った丸太のような形を邪魔してはならない。

    そこで、ピンと伸ばすのではなく、力を緩めて、膝が曲がるくらいでいて良い(基本姿勢)。

    蹴る時には、基礎練習の八の字泳法で紹介した「散歩キック」で、膝を大きめに緩めて、蹴るというより、足先を揃えるように後方に押す。

    ゆったりと泳ぐ場合は、さらに、ゆっくり、大きめに蹴る。

    ズズドーンと押すのだ。そうすると、ドーンと身体も前に押し出され、腰も浮く。

    大きく蹴るためには、足をピンと伸ばさず、膝を緩めておかなければ間に合わない。また、両方の膝が曲がっていると、両足で蹴ることもでき(ドルフィン)るが、比重は片足にかけるほうがいいだろう。両足を使うときは、体全体が、バネのように伸び縮みする感覚があり、リズムも良い。


    1.4 息継ぎ

    既に、散歩で説明したので、重複するが、右側で息継ぎをする場合を想定して説明しよう。

    同時に行うストロークとキックのバランスを調整することにより、上体をゆっくり持ち上げたり、上体を沈み込ませたりすることができる。

    右腕の前腕を前方に突き込む際、左足のキックを若干大きくして、腕の突き込みに頭の重さを加えて飛び込んでいけば、上体が、前方の斜め下方に沈み込みつつ加速が得られる。次に、前方斜め上めがけて浮上する心持ちで、右腕でプルし、右足でキックすると、上体が、スーッ浮かび上がってくるので、右側に少し顔を回すだけで、楽に息ができるはずだ。

    この浮沈の運動は、息継ぎが楽になるだけでなく、推進力を増加させる働きもあるので重要である。


    1.5 評価

    冒頭で述べたように、この招き猫泳法は、これまでのクロールを美しいと思う人には、格好が悪いと感じるかもしれない。さしずめ、大きな犬掻きといったところだからだ。

    しかし、格好に似合わず?結構、速い。

    私は、25mを25~30秒、13ストロークほどのピッチで泳ぐ。私のクロールとそう大差はないのだ。もっとも、クロールでの最速も20秒がやっとなので、クロールが遅いといわれたらそれまでのことだ。しかし、クロールの速い人でも、この泳法で泳ぐと、同等か、もっと速く泳げる可能性があるのではないかと、密かに思っている。

    その理由であるが、この泳法では、前下方に押さえる前腕、垂直方向の半円形プル、斜め下方へのキックに身体を水面に押し上げる効果があるのが特徴であり、速く泳ぐほど身体を水面から上に押し出して、形状抵抗や摩擦抵抗を少なくすることが期待できるからである。

    ただし、速く泳ぐならば、それに応じて、前方に押さえ込む前腕を、だんだん前に出していくことになる。どんな、泳法でも、泳ぐ形は泳ぐ速度によって変え、形状抵抗を極力小さくする必要などの工夫をしなければならないからだ。この泳法も、最初は歩きから、そして速歩へ、そして、跳躍泳法へと変身させていこう。

    とにかく、この泳法は、これまでの、伸びて伸びてといった泳ぎとは、全く感覚が異なり、バネが伸びたり縮んだりするような弾力性のある動きなので、やみつきになること請け合いだ。ぜひお試しあれ。



    3 鉤腕泳法


    このサイトで紹介する「らくらく泳法」は、どの泳ぎにしてもピッチを非常にゆっくり取ることができるが、とりわけ、この泳法は、ストロークの間をどのようにでも長くできるものである。それゆえ、ピッチを、速くも、ゆっくりでも、自由自在にコントロールできるのが特徴である。

    それを可能としているのは、ローリングの角度の自在なコントロールである。

    真っ平(正面から)

    基本姿勢は、真横を向いた、真っ平らな身体である。真っ平らがゆえに、非常に抵抗が少なく、頭や肩を除けば、抵抗を受けるのは水中の上腕だけであるが、この抵抗は実は下肢を浮かせるのに役に立っている抵抗である。真っ平らな身体が、くるっくるっと反転しながら、ゆっくり進んでいく。腕を前方に長く伸ばす動作はないので、腕の疲れも殆ど無い。泳速を速くすると、ローリング幅を小さくとり、真横まで向かなくなる。

    命名の由来は、その腕の動きにある。

    肘は、常に、ほぼ直角に保って、腕相撲をするがごとくなのだ。


    2.1 腕及び上体の動き

    図1 基本姿勢
    図2 前腕を中央線に合わせる
    図3 腕相撲のように腹まで倒す
    図4 腋を開けて肘を水面に抜く

    基本姿勢は、右の図1のとおりである。真横を向くときに、顔を水底に向けると、首を傷める可能性があるので、無理のない範囲で下を向けばよいし、顔を真横に向けても構わない。息継ぎのときは、真横か、斜め上だ。

    リカバリーした(この場合は左腕)手を、脱力したまま、図1のように、あたかも敬礼するような格好で、頭の前にまで持ってきた時、全身の力を抜く。そうすると、ローリングした上体が戻り始めるので、敬礼した手(脱力している)を、前方水底の中央線に対して前腕をピタッと合わせて、ねじり込むように水中に刺しこむが、これは特段意識しなくてもプルとローリングに同調して自然に行われる。(図2)

    この時に、反対側の右腕が同時に腕相撲の動きでプルを始め、これと同期して右足がキックをしなやかに打つ。

    上体が左にローリングするので、終わったところで、前腕を真っ直ぐ前方に向けて、水平に保つ。

    この腕の形がこの泳法の特徴であり、その形で行うプルは、あたかも、腕相撲をする時の形に似ている。水上のリカバリーしてきた手を、図2のように前方に差し込み始め、身体の力をフッ抜くと、身体はローリングを始め、水底の腕相撲のようにカギ型に曲げた腕の前腕は水平に内側に倒れてくる。このときも、その肘はずっとほぼ直角を保持しているはずだ。手の甲や前腕の外側に水流の圧力を感じたら、これがキャッチとなる。これで滞った水塊を一気に腕相撲のように前腕を腹の方に巻き込むように倒す。(図3)

    その瞬間にローリングがすばやく完了し、反対側を向くので、腹まできた腕の腋を開けて、ゆっくり、肘を水面に上げ(図4)、手先を脱力して水面上すれすれに頭上までリカバリーを行う(図1)。腋を早く開けるが、ローリングのスピードがあるので、水面に抜くまでは、ずっと水を軽く押しているはずだ


    散歩キック
     

    2.2 足の動き

    キックは、プルと同じ側の足でキックする。2ビートだ。

    キックは、脱力したときに、ローリングが始まり、プルの腕を腹に巻き込むときに、行う。招き猫泳法で紹介した散歩キックで良い。蹴る方向はローリングが浅ければ下であるが、深ければ、斜めしたくらいになる。つま先を揃えるように、腹に力を込め、後ろにゆっくり押し出す。

    ローリング巾を小さくして速く泳ぐ場合は、もっと小さくしなやかに蹴るが、散歩キックで、腰を浮かせるように蹴る場合と効果を比較して判断してほしい。いずれの場合でも、腰を反らせないように注意すること。


    2.3 息継ぎ

    招き猫泳法でも重複して説明したので、割愛するが、180度反転ローリングを行うときには、とりわけ、上体をゆっくり持ち上げたり、上体を沈み込ませたりすることが効果的である。非常にゆっくりしたピッチであると、この浮沈の運動は、息継ぎも楽であるし、推進に大きく役立っていることが実感できるであろう。


    2.4 変化形、及び、評価

    この泳法より、ゆっくりしたピッチで泳げる泳法は少ないのではないだろうか。180度反転して、浮き沈みを大きくとれば、下肢を浮かせることができ、ピッチを思うままに遅くすることができる。肋骨を上に引き上げると、さらに、下肢が浮くので、もっと調整がらくになる。25mを泳ぐのに12ストロークもあれば充分である。

    この泳ぎも、ラクであるにもかかわらず、結構速く泳げる可能性を秘めている。私が、普段、力を抜いて長距離を流すときは、25mあたり13ストロークで35秒くらいだが、ローリングの角度を小さくして、力をこめて泳げば、25秒位までは、同じストローク数で時間を短縮できる。

    ローリング角が変わっても、肩の真下に、進行方向に水平に保持した前腕の形は変わらない。したがって、ローリング角が変化して変わるのは、二の腕と胸板の角度だけであり、ローリングが極小になれば、二の腕と胸板の角は90度に近くなる。

    ローリング角を小さくするならば、曲げた肘のくぼみに顔を埋めるようにすると良い。水流の抵抗が少なくなるだろう。

    速く泳ぐには、キックとプルに力を込めて、また、ピッチも上げていくことになるが、それはパワーとの相談で、直進性が良いだけに、25秒は切れる。但し、泳速を上げるにつれて、若干前の方に鉤形の腕をつきだしていき、その二の腕と身体との成す角と肘の角度は鈍角に広げていく必要がある。最終的には一直線が望ましい。一直線で疲れない人は、最初から、ゆっくりでも、そうすれば良い。

    だから、鉤腕泳法というよりは、碇のように肘を下げ、腕を水平に保つことが肝になるので、アンカーアーム、碇腕泳法と呼ぶほうが良いのかも知れない。

    また、腕を鉤のように曲げることも、実は、必須ではない。真っ直ぐ、斜め前に伸ばすのも良いのだ。これは、二の腕だけでなく前腕にも水流の抵抗を受けることになるので、その抵抗が鉤腕より多い分、下肢を浮かせる効果が増す。したがって、下肢がまだ沈みがちだという人にはおすすめである。これを、私は、下段突き泳法と呼んでいるが、鉤腕泳法の変化といえるものだ。

    この泳ぎは、ローリング角を自由な角度にとることができるものの、小さくする場合、肩関節に無理がかからないように注意してほしい。上体のローリングの角度は、少しでもとるようにしなければならない。かりに、これを取らないと、腕相撲のように内転させたプルの腕を水上に抜き去るときに、肩関節に負担がかかるようになる。それゆえ、突き込みを深くして上体をローリングさせるようにし、プルの腕はローリングに付いてくるようにする方が良い。



    4 円月泳法


    円月泳法

    らくなクロールのひとつとして、円月泳法と命名したクロールを紹介する。これは、キックを全く使わない場合でも、労することなく、楽に泳げるところに特徴がある。

    円月泳法では、壁を蹴らないで、25mを15ストローク前後で、30秒程度で泳ぐ。キックなしでは、16ストローク、35秒程度である。


    3.1 基本姿勢

    図1 基本姿勢
    図2 肩関節の可動域

    円月泳法の基本姿勢は、図1のように、両腕で直径50cm程度の大きなボールを抱えるようなつもりで、まるく高く掲げる。肩は高く引き上げ、胸は凹ませ、背は反らずに猫背とする。肩を肋骨ごと上げれば、腹も凹む。このまま息を大きく吸って息をつめずに止める(つまり、息を吸おうとしたまま止める)。遠くにいる人に身振りでOKを知らせるときの姿勢、腕を円形に保った形が基本だ。

    このとき、横から見た腕の体の線とのなす角度は、右図のBのように180度にならなくても良い。ちなみに、私の場合は、肩関節の可動域が狭いので、図2のAのように120度くらいである。


    3.2 腕の動き

    図3 腕の動き
    図4 ローリングすると

    泳ぐときの腕の動きは、左右交互に円を描く。

    図3のように、両腕で作った円の内側を、片腕ずつもう一方の腕の内側に沿って、肩で大きく一周回す。ぐるっと一周して両手の指先が合ったところで、今度は反対の腕をぐるっと回すのだ。この両腕の基本的な動きは極めて単純だ。

    左右両腕のこの動きは、目の前のひとつの円を交互に逆方向に円を描くだけだが、実際には、リズミカルにローリングするので、例えばプールの底から見るとすれば、その軌跡は、二つの楕円が重なった形となる(図4)。また、ローリングが大きいほど、そのプルは、水底から見るとストレートに近くなる図5)。力は、身体に巻き付く形となるので、あまり必要がないが、胸から腹まを若干強く、後は万遍なく水の抵抗を楽しむように感じつつ、腹からそのまま外側に抜き払って惰性で円を描いて戻る。(図5、6 この画像では頭も振っているが、実際に泳ぐ時には、通常、顔は水底を向いている。)

    図5 水底から見た腕の動き
    図6 前から見た腕の動き

    泳ぐときの動きは、次のようである。円く抱えた腕のまま、まずローリングして右腕が沈み込んだ姿勢から始めよう。


    ① 右腕の力をフッと抜くと、姿勢は左側が沈み込むようにローリングを開始し、水底を向くまでの間に、手先が、左腕の内側をなぞって顔の前まで横に倒れて通過してくる。

    ② そこで、前腕を横一文字に保ったまま、手先が左腋窩、腹へと弧を描いて降りるように腹筋と広背筋に力を入れるようにして肩ごと一緒に下げる。これは、腕を肩でぶん回すような形にはなるが、実態としては、半ばローリングで引きずるようにして行うので、むしろ、左の腋をプルの手にぶつけるように近づける意識が強い。そして、

    ③ そのまま、惰性で腕を大きく回して弧を描くように、ゆっくり、水の抵抗を感じながら、水面に抜きさり、元の両腕が作る基本姿勢に戻す。見た目には、腕がしなやかに弧を描いて水から飛び出して、指先から前方水面に手先がスプーンのように刺さっていく感じである。そして今度は左側のプルに移行し、再び、右側に大きくローリングして沈み込んでいくことになる。そして、①の動作に戻る。


    プルの腕が、腋から腹に落ちるときが、ぐっと力を入れやすい時だ。そして、もう一方の腕は前方下方に突きこんでいく。この動きは、背中を丸めて重力で突き込む、そう、柔道などの前受け身をするつもりで前に移動するのだ。そして、これに引きずられて、下肢は必ず浮くはずだ。

    この一連のくるっと輪を描く一動作で、とても重要なことが2つある。

    ひとつは、腕は、ゆっくり、ほぼ等速で、腹付近では力を入れるが、抜くまで静かな水の抵抗を常に感じて欲しいこと。円を描いてゆっくりと水面に抜き切る腕の手のひらの角度によって、じわっと効いてくる揚力は爽快な加速を生むので、これらの角度は実際に体感して決めて欲しい。プルとは書いたが、気持ちの上では、円月泳法においては、腕は掻かない。単に回すのだ。

    ふたつめは、腕全体を常に視野の中に入れておくことだ。手を身体の後ろに回すと、肩を痛めるおそれがあるだけでなく、無駄な労力も使い、リカバリーも遅れるので、良いことは何もない。

    この肩や腕の動きができているかは、陸上で図5のようにして確かめられる。それは、円を描くとき、両手を組んで回してみることだ。つまり、右図のように、左腕で円を描くときに、右手の指を左手のそれに下から組んで、左手の動きにぶら下がっていくのである。そうすると、左腕の動く範囲は限定されるはずである。その動く範囲で「肘」ができるだけ大きな円を描くように、「肩甲骨」を使って肩を大きく回すのだ。前腕はむしろ脱力する。まずは、地上でこの動きを思い切り大きく行って、肩を使って肘をぶん回して確かめて欲しい。その間、右腕の肘は伸びきることはないはずで、水を掻くときの前腕は横一文字を保ち、腕全体で効果的に水を押していることが確認できるであろう。


    3.3 足の動き

    さて、足についてだが、極限すれば、この泳法ではどうにでもできる。好きにしたらよい。この泳ぎでは、両腕が前方にある時間が長いので、下肢は沈まない。さらに、肋骨を引き上げれば、もっと下肢は浮いて、姿勢はさらに安定する。また、円月のプルは左右のバランスを調整する働きがあるので、左右のブレが少ない。下肢が沈まず、ブレもしなければ、足を動かす理由は特にない。ロールするスピードや腕の回転のピッチは、速くも遅くも自在にコントロールできる。

    ういうわけで、できるだけ足先をぴったり閉じて抵抗のないようにして流れに任せていればば、キックなしでも十分楽に泳げるし、軽くドルフィンキックを打って波に乗るのも気持ちが良いものだ。

    ビートを打つならば、リズミカルに泳ぐため、またロールを加速するために、2ビートで行うことを推奨する。キックのタイミングは右腕を回すときは、腹を通過するあたりで右足でキックする(動画参照)。たとえば、「内股で」左足を「小さく鋭くしなやかに」蹴り、すぐ両足先をぴったり合わせて抵抗をなくす。こうするとローリングが早く行われ、上体から下肢へと波のようにうねる身体で加速することができる。また、内股で蹴ると、蹴っている時間は真っ直ぐ打つ時に比べて長くなり、水面に浮きあがる力が得られるため、リズミックに浮遊感を感じられて、気持ちが良い。

    散歩キック
     

    ビートを鋭く打てば、必ず、腹筋をしめる効果があるはずだ。いや、これは意識したほうがよい。円月泳法では、殆ど身体は弛緩させているが、キックの一瞬だけは、緊張させる。それによって、キックによるローリングの加速、効果的なプル、そして真っ直ぐ丸太のように伸びた身体を実現している。背を反らせないように、できれば丸めるくらいの気持ちが必要だ。キックの脚は、力まず、抵抗のない形がよいのだが、膝はすこし緩んでいるくらいの余裕を持って良い。

    前進の加速が欲しいときは、招き猫泳法で紹介した散歩キックが効果的だ。


    3.4 頭の位置

    円月泳法は、姿勢の自由度が高い。これは、頭の位置についても言うことができる。

    頭は沈めるほうが速く泳げるだろう。しかし、頭を沈めていたくない人もいるかもしれない。その場合は、古式泳法の抜き手のように、頭を上げることもできる。もっとも、その姿勢で長く泳ぐ場合は、首が若干疲れ、肩も回しにくくなるかもしれない。また、背中も反りがちになるので、腰痛にも注意が必要だ。しかし、この姿勢においては、リズミカルに水上に乗り上げるように滑ってうねる感じや、下肢が吹流しのように流れていく感じに爽快感があり、視界も良好で楽しい。

    ただし、ローリングの角度をあまり取らないと、リカバリーの腕が、弧を描いて大きく水面をすれすれに旋回していくことになる。そうなると、対面泳者に迷惑がかかる。したがって、そのような場合は、ロール角を大きく取る方が良いであろう。


    3.5 基本姿勢の腕の形と水の抵抗

    円く掲げた腕は、進行方向からの水流の抵抗を生じる。水を円く掲げた腕の内外に滞留させるからである。それゆえ、泳速を上げる場合は、それに従って、この円を、縦の楕円に伸ばしていった方が良い。その極限は、真っ直ぐ進行方向に腕を伸ばすことだ。また、真っ直ぐ伸ばして疲れない人であれば、そもそも基本姿勢を、いつも一直線に取れば良い。

    しかし、どの泳法にしてもそうだが、水を掻く時は、直前に腕の力をゆるめて、一瞬、楕円の状態を作るほうが良い。この一瞬がキャッチとなるのだ。これにより、水が一瞬固定されて、あたかも腕が固体を押しているかのごとく、水の「引っかかりが良い」のである。ゆえに、円月の形は、いつもキャッチしていることになるが、低速では、それで困ることはない。キャッチが確実にできている方が良い。

    冒頭で、基本姿勢のときの腕の高さについて触れた。右図のAの場合は、Bに比べて、腕の上面に、推進方向からの水流抵抗を生じる。しかし、この抵抗は、単に不利益になるわけではないのだ。

    実は、手の甲や腕が前方から斜めの水流の抵抗を受けると、腕が押し下げられ、身体の重心の反対側で下肢が持ち上げられる効果がある。そして、前方に湾曲して伸ばした両手の手の甲の向きや角度を調節することによって、水平、左右の身体のバランスをとり身体のぶれをなくし全体の水流の抵抗を軽減させることができる。この泳法が、キックなしで泳ぐ時にも、姿勢を整えてくれ、下肢がぶれることがないという特徴を有しているゆえんである。


    3.6 泳速を上げる円月プルと、その効率

    少し伸び、散歩キック、ロール角を大きくすると

    上記したように、円く掲げた腕は、進行方向からの水流の抵抗を生じる。それゆえ、泳速を上げていくためには、円月の腕を縦に長く楕円にしていく。

    右の動画は、少し縦長にプルを行い、散歩キックで、ローリングも深くして対面泳者にぶつからない程度のリカバリーを行った場合である。

    この場合は、水流の抵抗を少なくなるので、当然、下肢を浮かす効果は薄れる。それゆえ、肋骨を上げ、お腹を締めるようにすると、格段に抵抗のない姿勢になるばかりか、キックの効果も増すであろう。

    楕円を長くして、前に弧状に伸ばす腕は、速度を増しても、一般のクロールと異なり、動画のようにローエルボーである。すなわち、肘はプールの底の方向に一番下がっている。しかし、これで、確実に水をキャッチできるばかりか、肘の関節に無理強いすることなく、楽にキャッチでき、しかも、ストロークを長く取ることが可能な、身体の一番前でキャッチできていることに気がつくだろう。

    しかも、このキャッチから、身体に巻きつけるように降ろしていく前腕と手の平の位置は、ほとんど直線(ストレートプル)に近くなってくる。これ以上望めないような、最大抗力が得られるプルの形だ。そして、腋を開けて静かに水面に抜いていく手の平は、無理に内転しない限り、小指の方から斜めに水を切っていく最大効率の揚抗力が得られるプルとなっている。

    肩周りが固くても大丈夫

    こうして見ると、円月泳法は、ロール角が小さいときと、大きいときでは、随分異なるプルを行っていることになる。しかし、そのギャップは、非効率なものでなく、連続的に、効率の良いバランスを保って行うプルとなっており、泳速と泳ぐ姿勢の調和がとれた泳法だといえる。

    泳速を上げるために楕円を伸ばせる方は、そうすれば良いと思う。しかし、肩関節周りが固い場合は、伸ばせる範囲で円月を描けばよい。前方に腕を伸ばせなくても、右の動画のように充分に泳げる。下肢を浮かせるために、肋骨は引き上げたほうが良いが、これも、できる範囲でやればよい。




    5 自分にクロールを最適化する



    なかなか、クロールがうまく行かないと思っておられる方のために、このようにクロールのやり方をかえてみたらどうであろうか、という提案である。

    要点は以下である。

    (1)自分にとって、最も水の抵抗のない姿勢をみつけ、その姿勢でグライドする時間を長く取るようにする。

    (2)その姿勢の左右反転を速やかに、同時に、効率的で楽な方法で推進力を得る。

    この2点に尽きるが、ご興味があれば、らくな泳ぎの基本 6 自分のクロールの最適化をご覧頂きたい。

    ご参考になること、請け合いである。




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