序論・随想  らくな泳ぎの基本  らくな4泳法  楽しい泳法  泳ぎの理論  身体に故障がある時

1 泳ぎの力学


らくちんな泳ぎを研究するためには、基礎的な理論をおさらいしておくのも無駄ではあるまい。

物理学的な理論自体は学校でならうことだが、応用の一つとして、実際に泳ぐときにどのような物理的な力が身体に及ぶのか、基本的なことを確認しておきたい。

ただ、最初に断っているように、このウェブサイトでは、疲れても速く泳ぐことを目指していない。同じエネルギーを使っても効率の良い、楽な泳ぎや、楽しい泳ぎをすることに視点をおいて考察している。


1.1 水の抵抗は、断面積に比例する。(重要)


泳ぐ進行方向に向かって、腕を横に広げたり、上体を反って胸などを大きく出せば、それだけ水の抵抗を受ける。また、逆に、プルで水を後方に押すときは、手の平だけでなく、前腕の面積も使って押せば効率的だ。この抵抗は、水流に対して投影されるその面積に、ほぼ比例する。

だからこそ、抵抗の少ない流線型を目指すのだ。それには、身体を真っ直ぐ進行方向に保ち、肩や腕などの水流の当たる部分を小さくすることが望ましい。


1.2 水の抵抗は、速度の二乗に比例する(重要)


泳ぐとき、前方からの水の抵抗を受けるが、その抵抗の大きさは、泳ぐ速度の二乗に比例する。

これは、このサイトで紹介する泳法において、重視したい点だ。

ただ浮かんでいるだけでは、何の抵抗も受けないが、泳ぎ始めれば、水流の抵抗を受け始め、その力は速度の二乗に比例する。だから、泳ぐときに前方から受ける水の抵抗は、2倍の速さで泳ぐと、4倍になる。

単純化していえば、仮に、25mを40秒ほどで泳いでいる人が、2倍のエネルギーを使っても、同じような泳ぎでは、30秒そこそこまでしか短縮できないということになる。

それゆえ、速く泳ぐためには、二乗で効いてくる抵抗に打ち勝つ力を生み出すよう頑張らなければならない。それゆえ、極力、姿勢を流線型にして抵抗を減らす努力をしていかなければならない。

また、泳速と同じ速度でプルしても水の中で手が止まっていることになり、推進力にはならないから、泳速があがるにつれて、一層激しく漕がねばならなくなる。

私たちは、オリンピック選手の半分以下の速度で泳いでいるのだから、荒っぽい言い方になるが、私が受ける抵抗は、彼らのそれに比べて、4分の1以下で済んでいるということだ。だから、トップスイマー達は、思い切り前後に伸びて、できるだけ前で水をキャッチし、真っ直ぐ引くために、肘を高く残すプルをしているのには根拠があるが、私達にとっては、そのような努力をするだけの意味があるかを考えたほうが良い。

また、実際のプルに際しては、後に述べるが、キャッチが非常に重要な要素となる。

実際、私のクロールでも、150cm進むために、例えば、円月泳法では、ほぼ等速で片腕が円を描いて、一周して戻ってくる。これは、傍からみてみると、手の平がほぼ同じ所に留まっているように見えるはずだ。つまり、水の中で止まっているのであれば、プルにはならないということになる。しかし、実際は、キャッチに依る水の塊の捕捉や浮き沈みによる揚力、2ビート等によって推進されているのである。


1.3 造波抵抗


あまり気にしていないかも知れないが、水面に起こす波によって抵抗が生まれる。したがって、できるだけ、波を立てず、静かに泳ぐ方が抵抗が少なくてすむ。

最もこの抵抗がない状態というのは、いうまでもなく潜っている状態だ。それゆえ、競泳のルールでは、潜水して進んでよい距離を制限もしている。もちろん、潜水を続けたら息が続かなくなって疲労してしまうので、適当な息継ぎが必要だ。

それゆえ、息継ぎとの交換条件として、造波抵抗を甘受するのだ。ただし、甘受するからには、波をうまく利用しない手はない。水面に出す頭頂部には大きな波が立つが、その代わり、横を向いた顔の前の水面が凹んで下がる(船で言う舳先波)。したがって、泳速がより速く、頭頂部の波が大きいほど、水面下で楽に息継ぎができることになり、うまくすれば肩に受ける抵抗も軽減できるというわけである。

造波抵抗に限っていえば、水上に出すリカバリーの腕には、造波抵抗が生じるので、このことだけについていえば、腕を必要以上出さずに、水面下に置いている方がよいということになる。しかし、水中に入れてリカバリーすれば、当然、大きな形状抵抗等を受けるので、普通は水上でリカバリーを行う。私のオリジナル泳法では、水面下でのリカバリーを使うこともあるのだが、要するに、多面的、総合的に効率を考える必要があるということだ。


1.4 水圧/浮力について(重要)


水の重さは1ccで1グラムである。この重さにより、水面から深くなるに従って、水圧が増す。水深が1m増すと、水圧が0.1気圧増える。単純計算でいくと、通常泳ぐ30cm前後の深さでの気圧は、1.03気圧程度となり、水上より、3%前後増える。

それゆえ、泳げば、呼吸に対する負荷も陸上で行うのに比べ、高くなる。呼吸循環機能を向上させる効果があり、健康増進に資するともいわれるゆえんである。しかし、息を吐き切って、水圧に抗して、再度、満杯まで吸うのは大変なことである。

身体の密度が水より小さければ、身体は水に浮く。身体の密度を意識的に調節できるのは「肺」しかない。だから、肺を大きく空気で膨らませば、身体が浮くようになる。そして、息継ぎの直前まで、あまり息を吐かないほうが、浮いているためには効果的である。

ところで、肺が膨らむことで、単純には体全体は浮きやすくなるが、身体の重心は、おそらく腹のあたりにある。そうすると、浮力の中心が肺に向かって移動するので、シーソーのように、下肢が沈む。そうでなくても、バタ足などで血流量も増して下肢が重くなるなど、通常、下肢はともすれば沈みがちだろう。だから、浮いたまま身体の水平を保ちたいとするならば、身体の重心を浮力の中心に近づけなければならない。それでなければ、バタ足等で下肢を浮かせるよう努力することになる。

しかし、バタ足などで動的にバランスをとるよりは、静的に姿勢だけで水平にバランスをとるほうが、ラクで効果的である。

そのためには、まず、両腕をなるべく前方に持ってくる時間を長くとること。次に、肋骨を引き上げてその中に胃をしまうようにすることだ。

息を吸うときに、その度に肺を膨らませるのはしんどい。水圧があるからだ。しかし、ずっと肋骨を上げて胸郭を広げていれば、息継ぎは腹式呼吸となり、楽にできるようになる。そして、肋骨を上げて胃をその中にしまうようにしていることにより、内臓や胸郭が前方に移動し体重の中心を前に移動したままにすることができる。これは、水圧があるからこそ、ラクにできるのだ。肋骨を引き上げ、胃をしまうのは、慣れるまでは少し苦労かもしれないが、努力しているうちに、きっと習慣になる。

重心が浮力の中心と同じかそれより前にくれば、下肢は必ず浮く。そうすれば、バタ足をしなくてもラクに泳げるようになる。奨励はしないが、さらに、頭を少し持ち上げると、その分、下肢を浮かせる効果が生じる。少し、造波抵抗を受けることにはなるが、そこそこの速さでは気にすることでもない。


1.5 渦巻き抵抗と揚力


泳ぐときに、前方から抵抗を受けるが、身体の形状によりその後方には渦巻きができる。これは、身体を後ろに引っ張る力として、負の作用を受ける。

したがって、流線型は前方だけでなく、身体に凹凸をなくし、足先もすっきりすぼめることが重要である。2ビートでは、キックを打つのは一瞬間だ。だから、常時足先をすぼめて尖らせておくこともできるはずである。

泳ぐときの推進は、主に腕のプルに依るが、推進するために流れに沿ってプルする場合は、キャッチを考慮に入れなければ、泳速以上に速く腕を動かさなければならない。泳速との差が手に抵抗として感じる力であり、推進するのに役に立つ抗力を生む。

直線的に引く場合の推進力は、手で水を押す力の反作用としての抗力と、手の後ろ側に発生する渦巻き力によって生まれる。

それでは、流れに沿って直線的に引くのではなく、流れに対して斜めや垂直に手を動かす場合はどうか?

ここで、水流に対して斜めになった手の平を想定してみよう。

実験的に、右腕を目の前に真っ直ぐ伸ばし、手を少し時計回りに回転させて手の平を傾けてみよう。今、左から右に水が流れているとしよう。すると、手の甲側に渦流が生まれ、手の甲側の間隙が減圧される結果、これは、手を上方(水流の垂直方向)に引き上げようとする力が働く。そして、手の平に直接当る水流は、圧力として手を右方に押す力と、垂直上方に持ち上げる力となる。この上方への力を「揚力」と呼んでいる。

手を斜めや横に引く場合は、この揚力を利用するのである。


1.6 漕ぐことによる推進力


推進するために、腕を掻いたり足を蹴ったりする。これは、以上で説明した水の抗力や揚力などを利用するものである。前項では、手が静止して水が動いている状況を想定したが。泳ぐ場合は、手足を動かすことによって、相対的に水流を発生させることになる。


(1)腕のプルの場合、後方に向かって真っ直ぐ水を引く場合は、前項でも説明したが、押された水の反作用(抗力という)と渦巻き力の引っ張り力によって身体を前に進めている。クロールのストレートプルなどがその例である。


(2)また、進行方向に対して、横方向に動かして揚力で推進することもできる。この例は、平泳ぎのプルや、バタフライのスカル、バタ足等を挙げておこう。(だからこそ、足首が柔軟でなければ、バタ足で効率よくは進まないのだ!)


このような動きは、道具や機械でいえば、(1)は外輪船や手漕ぎボートのオールがそれに近く、(2)は、艪、スクリューなどがこれに相当する。


では、実際にプールで泳ぐ時の漕ぐ動作が、どのように働いているのか?

かなり、いろいろな要素が絡み合っているので、複雑であるが、ここでは、単純な想定をしてみよう。

一定の速度Vで泳ぐ場合を想定し、推進は、前腕も大事だが、ここでは、手のひらだけを考えることにすると、右図のようになる。

プルの方向を進行方向より角度δだけずらし、手のひらの角度を進行方向に対しθとした場合、揚力Lと抗力Dが図のように発生し、推力Tが結果的に生成される。

抗力Dと揚力Lの割合は、手のひらの相対流入速度との成す角αと、手のひらの形状等に左右される。例えば、αを30度とし、手のひらの小指方向から水を切っている場合は、実験的に、2:3くらいの比率が期待される。

疲れても、最速を求める場合には、直線的にプルするのが良いだろう。しかし、推進効率を高くし、省エネで泳ぎたいという場合には、プルの角度を考えて、泳ぐことだ。しかし、前腕の働きも考慮に入れる必要も有り、細かい話は、別途考察することとして、ここでは、割愛することにしよう。

ひとつ、らくらく泳法には、あまり関係ないが、速く泳ぐ場合の注意として、プルの開始から急激に動かすと、空回りしてしまう可能性があるので、徐々に加速しながらプルすることが重要である。しかし、このことよりも、初動の時の一旦腕の力を抜いて、水の塊を捉えるキャッチという動作を入れることのほうが、はるかに重要である。また、この要素を入れると、数値的な考察はかなり難しくもなる。


1.7 重力/浮力を利用した推進力(重要)


腕や筋力を使って、前に漕ぐ推進は上記したとおりであるが、その他に、身体の回転(ローリング)や身体の上下動(ピッチング)も利用できる。イルカや魚、うなぎのうねりもそうだ。

ローリングについては、別の章を立てて詳しく述べる。ローリングは、呼吸やリカバリーを楽に行うために、多少は行わなければならないものであるだけでなく、もっと積極的にこれを活用することもできる。

例えば、波を越えていくようにうねり、身体全体をローリングさせることによって、艪やスクリューのような働きをさせ、これに四肢の形状を活用した動きを加えて、揚力や抗力による推力を得るのである。クロールもそうであるが、重力と浮力を交互に利用して、上体を上下動させて推進力を得ている例としては、バタフライや平泳ぎがある。私のオリジナル泳法では、上下、左右、斜めのうねりを多用している。

どのような泳ぎにしても、基本は、水の抵抗を受けないような姿勢をつくることであり、抵抗を受ける姿勢を造るときには、それが総合的に推進に寄与するための力になるために意図して行うのでなければならない。

ところで、トップスイマーに対しても適用される力学は同じであるが、見た目の動きは必ずしも私達の参考になるとは限らない。例えば、頭が水上に出ているのを良く見かけるが、これは、正面からの大きな水の抵抗を少なくするためであったり、高速のために上体が水面に押し上げられたりするものだから、単純に我々が頭を上げれば良いということにはならない。また、プルの手が大きく後ろまで流れているように見えても、必ずしも力を加えて押しているとは限らない。

私は、フィットネスジムで泳いでいる。そのため、造波抵抗もさることながら、お隣りの泳者への気兼ねもあるし、波しぶきは立てず、静かに、優雅に泳ぐのが好みである。



1a 「速く泳ぐ方法」と「楽に泳ぐ方法」の相違



1a.1 速く泳ぐ方法


速く泳ぐ方法論は、ちまたに溢れている。

しかし、恐らく、その方法論は、誰にでも適用できるわけではないだろう。

膨大な数の競泳者の中から、努力と資質と天性によって選ばれた人たちだけが、最終的にオリンピックなどの競技に出場できるのだ。

例えば、かつて、2000年代初頭に活躍した、イアン・ソープというオーストラリアの選手がいた。彼の泳ぎは、誰でも真似ができるというものではない。つまり、身長196cmという体格と、柔軟性、筋力、持久力等々が揃っていなければ、彼の記録は達成できるものではない。

彼の泳ぎは、当時主流であったS字プルではなく、それらと比べるとゆっくりとしたストロークの直線的なプルを行うものであった。その泳ぎで、彼が金メダルを獲得した個人種目は、200mと400mであった。なぜか、100mや1500mでは勝てなかった。その理由は、彼の泳ぎのスタイルにあるようだ。

ゆっくりしたストロークは、彼の身長が高かったせいもあるだろう。しかし、ハイエルボーで直線プルを行う場合、ある程度までリカバリーしないと、身体の機構上、もう一方のプルを開始しにくいという理由が大きいと私は思う。それゆえ、彼は、短距離の100mで勝てなかったのではないだろうか。

また、直線プルは、最大抗力を生むプルではあるが、それだけエネルギーも消費する。それゆえ、長距離になると、体力の消耗が次第に効いてくる結果となったのだろう。

昨今のトップスイマーたちの多くは、I字プル又はストレートプルといわれるプルを行っているようだ。ソープ選手の泳ぎ方は、その嚆矢であったが、泳法は、時の流れにつれて変わってきているようだ。

しかし、物理法則そのものが変わるわけではない。法則をうまく活かす方法が、身体との関係で変わってきているにすぎない。

この記事で、筆者が論じたいのは「エネルギー効率が良く、楽に泳ぐ方法」であるが、そのために、最初に、速く泳ぐ方法とはどんなものであるのかを確認しておき、その上で、を、これと対比する形で「楽に泳ぐ方法」を考察したい。


ここでは、記述が煩瑣になるので、泳法規則に縛られない(つまり自由形)ことを前提としよう。


速く泳ぐ方法は、理論的には単純である。

次の3要件を満たす泳法を、工夫し、要件相互に調和をとって、実現することだ。


(1) 抵抗の最小となる基本姿勢をとること

基本法則で書いたとおり、水の抵抗を極力少なくするためには、「推進する方向に向かって、真っ直ぐ伸び、水面下に沈んでいる姿勢が一番良い。」

それゆえ、どのようなプルやキックを行うにせよ、真っ直ぐの身体を水面近くに、重心がぶれることなく保っていることが大切であり、これを崩すようなプルやキックはしないほうが良いということである。少なくとも、頭を先頭に上体を、丸太のように真っ直ぐ水平に保つことは最低要件であろう。身体が全面的に水上に出す事が可能であれば、水面下である必要はないが、造波抵抗に関しては水上に出さないほうが抵抗は少ない。


(2) 有する部品(手足)で持てる最大の推進力を生じさせること

最大の効果を生む方法は、上肢を使って、最大抗力を生む形状を作り、うまく水を捕まえたまま、速く動かすことだ。

実現方法としては、前腕から手の平までを、進行方向に直角に保ち、後方に一直線に、加速しながら速く、長く動かすことだ。(上腕は、余り考慮することはないだろう。なぜならば、上腕は、肩関節から肘までであり、どのようなプルを行っても、前腕と比較して抗力を生む効果はかなり小さいと考えられ、また、上腕の動きの違いによって、その効果が大きく変わるとも考えにくいからだ。)

下肢も推進効果を生むが、上肢ほど効果は生まないであろう。ただ、(1)を実現させるために下肢を使うのであれば、それは、もったいない使い方であるので、使うのであれば前進のために利用すべきである。


(3) 最大推進力を継続して生じさせること

上肢の動き(プル)の可動距離には限界がある。それゆえ、リカバリーを行わなければならない。リカバリーを行っている間は、もう一方の上肢で推進することになる。問題は、推力を常に最大に保っているかである。そして、競技であれば、決められた距離の間、それを保つ体力があるかということである。

そのためには、最大抗力を生む形状と動きを左右の腕で継続できるストロークの方法を少ない回転数で、決められた距離の間、総合的に最大になるようにしなければならない。場合によっては、ピッチを上げたり、ローリングの角度を小さくする必要も出てくるだろう。


速く泳ぐ方法は、原理的には上記のとおりだが、その実現方法は、人の個性や資質によって随分異なる。

そもそも、「速い」ということは、競技でしか測れない。したがって、競技であれば、泳法や距離に規定がある。

例えば、冒頭に述べたように、ソープ選手は、自由形で、上記3要件を満たすハイエルボーのストレートプルの方法をとった。その結果、回転数は落ちるが、最大抗力を得て、中距離では敵なしという結果となった。当時、その他の選手はS字プルであり、その中から、スクリューのように、揚抗力の効率の良い泳ぎで、回転数を上げて100mを制した人がおり、また、1500mを制する体力を確保した人が他にいたということであろう。

しかし、それは、2000年代初頭の、その時点での話である。

現在は、ストレートプル全盛の時代らしい。しかし、その泳ぎは、ソープ選手の泳ぎとは異なってきているようだ。


今後、どのような泳ぎになっていくにせよ、上記の3つの原則を、いかに、与えられた競技の枠で、特定の個人が、その資質の中で効率よく実現するかということに尽きる。そのためには、相応の犠牲を強いられることも辞さないということだ。そしてそれこそが、「楽に泳ぐ」ということに反する要素となる。

実現方法については、多くの解説書があるので、ここで、あえて素人の筆者が説明することは僭越に過ぎる。上記3要件の観点で、それらの解説書を検討して欲しいと思う。



1a.2 楽に泳ぐ方法


既に、「速く」泳ぐための要件は整理した。次の3つであった。


(1) 抵抗の最小となる基本姿勢をとること

(2) 有する部品(手足)で、最大の推進力を生じさせること

(3) 最大推進力を継続して生じさせること


これを踏まえて、今回は、「楽に泳ぐ方法」について書くことにする。


全ての犠牲を受け入れて、上記3要件を満たすように頑張って泳ぐのでは、楽であるはずはない。

だから、生じる無理のどれかを和らげるとか、要所だけに力を注ぐことで、そこそこ速く泳ぐことができないかということになる。


つまり、「楽に」と言っても、浮かんでいるだけでは嫌で、「楽に速く」泳ぎたいというのが本音であろうからだ。

それゆえ、強いられる犠牲をできるだけ回避して、「そこそこに速く」泳げるにはどうすれば良いかというのが課題となる。


速く泳ぐ方法にも、個人個人の資質や個性に依存するところが大きい。しかるに、「楽に泳ぐ」ということに至っては、もっと個々の状況に依存するところが大きいだろう。

そもそも、最速で泳ぐための泳ぎ方が、筋力や持久力は別として、苦にならないのであれば、この記事は不要である。

つまり、いろいろな個性があるからこそ、それらにあった、楽な泳ぎ方があるはずだと思うのだ。


ともあれ、ここでは、最速で泳ぐための要件と、楽になる要件が、どのように折り合うかという観点で考えてみたい。


速く泳ぐ要素をなるべく損なわないように、個々人の個性や資質の範囲で、できるだけ「楽に」行える方法を探せば良いだけである。

では、それぞれの項目別に検討してみよう。


(1) 抵抗の最小となる基本姿勢をとること

これは、何もしなくても、真っ直ぐに「伏し浮き」できるようにすることが一番である。

そのためには、重心を引き上げる。その方法として、


・なるべく、前方に(両)腕を残す時間を多くとり、さらに、リカバーした腕を、空中に浮かせる時間も暫しとる。

・内蔵を引き上げるために、肋骨を上に引き上げ、胃を肋骨の中にしまい、お腹を細くする。


この2つが効果的である。


これにより、全くキックなしでも、驚くほど楽に下肢が浮くようになり、水上を前のめりに滑り落ちていくような、それまでと全く異なった感覚で前進できるようになる。

キックは、下肢の血流量を増加させ疲労も生むので、文字通り選択肢である。私は、泳速を上げたい時や姿勢を制御したい時に使えば良いと思っている。

これ自体は、あまり個性に依存することはないのだが、筆者のように肩関節が固い人間は腕を真っ直ぐ前方に伸ばすことが困難で、抵抗の大きい姿勢になってしまうことはある。


(2) 有する部品(手足)で、最大の推進力を生じさせること

この項目が最も論議を生むところかもしれない。これが、S字プルやハイエルボー、ストレートプルなどという言葉を生むことになったのだから。

しかし、私は、単純に考えている。「楽に」という前提を立てるかぎり、大して難しい理屈はないと思うからだ。


まず、検討する部品の対象であるが、「速く泳ぐ方法」で述べたように、「前腕」だけである。キックは前項に述べた理由により、ここでは考慮しない。

前方に振り出し、後方に送り出す前腕の動きについて、楽で、効率の良い動きの要件は、つぎのとおり。


場合ごとに分けて列挙する。


A.前腕を、前方に伸ばす時の要件

(a) なるべく両腕を長く前方に置くこと(これは(1)からくる要件で、下肢を浮かせるため)

(b) できれば、前方の空中に置くこと(同上)

(c) 楽に腕を上げた姿勢を基本とすること(無理な内転や外転をしない。)


B.キャッチする時の要件

(d) 前項Aにて前方に伸ばした前腕を、自然な方向に緩めること

(e) 手の甲及び前腕の形が、水流の抵抗を受ける形になっていること


C.プルするときの要件

(f) 手の平及び前腕が、水流の方向に対して直角に近い形を保っていること

(g) 三頭筋のような疲労しやすい筋肉を使わず、広背筋や大胸筋、体幹を利用したプルであること

(h) 水流に対する手の平の迎角が、最大効率の揚抗力を受ける角度であること


これらの要件全てに適合するプルの形は、これまでに紹介した泳法の中でいえば、右の動画の鉤腕泳法である。


円月泳法も、ほとんどを満たしているが、(b)の要件を欠いている。

前方に自然に伸ばした腕が、真っ直ぐ前方に伸びているのであれば水流の抵抗を最も受けないので最高の形であるが、普通、力を入れない楽な姿勢であれば、恐らく万歳をするような角度で伸ばすことになろう。その場合は、当然、水流の抵抗を受けることになる。抵抗をひとつの腕に受ければ、速さをそぐだけでなく、そちらの方に重心を中心として身体を回転させる力が加わる。

身体を回転させる力が、左右や斜めに生じるのは具合が悪い。回転して良い方向というのは、下肢を浮かせる方向だけであり、前のめりになる方向だけである。それゆえ、斜めに腕を伸ばすのであれば、真っ直ぐ前方のみである。鉤腕泳法では、斜め下方に、肘まで真っ直ぐ腕を伸ばしても問題ないのであるが、普通は、肘から手の先までを水面に平行に前方に伸ばすことによって抵抗を減らしている。ちょうど、真下の中央線を片手の肘を立てて拝んでいるような姿勢だ。

円月泳法

右の円月泳法では、軽く肘を曲げている。これは、プルの軌跡とともに全体抵抗のブレの中和を企っている。


(3) 最大推進力を継続して生じさせること

最大推進力は、最大抗力から生まれる。そして、その形は、上記(2)の要件(f)を満たしていることが望まれる。

そして、疲労という観点を考慮しなければ、直線的なプルであることが望ましい。

さらに、最大速度を達成するためには、常に、左右どちらかが、このプルの状態にあることが望ましい。しかし、「楽に泳ぐ方法」においては、「疲労度」と「そこそこの速さ」との兼ね合いとして良い部分である。

したがって、前項までの要件を加味するならば、次のようなプルが、らくであり、効率的であると考える。


(i)プルする手の平及び前腕が、水流の方向に対して直角に近い形を保っていられる臍付近まで直線的にプルし、

(ii)その後は効率中心の揚抗力を利用して、薬指を先行させて水上に斜めに抜き去り、

(iii)そのままブーメランのように弧を描いて頭の前まで持ってきて、

(iv)そこで、若干止めて、身体を前のめり気味に滑るに任せ、速力が落ちてきたら、

(v)自然に前方深みに突き込んで、なるべく水流の抵抗を受けないように、楽に伸ばす。この突き込みの反作用として、身体のローリングと、もう一方の腕のプルがなされる。


このプルの動きは、まさしく、鉤腕泳法のプルそのものである。

鉤腕泳法の名称の由来は、前方に突きこんだ腕の形にあるが、これは、水底の中央線に沿って真っ直ぐ前腕を進行方向に向けるようにするものだ。この形は、ローリング角が小さい時には、軽く前腕が外転するが、無理のないごく自然な形である。

(i)では、肘の高さと手首の高さは同じか、肘が低い。つまり、ローエルボーと言って良いが、リカバーした腕が突きこまれてローリングが始まれば、自然に手首より肘が上がる(ハイエルボー)ようになっていく。要は、肘の高さが問題なのではなく、しっかりしたキャッチを行い大きい抗力を得るプルができているかということのみが重要なのである。

「そこそこの速さ」の調整は、上記(iv)で、頭の先で、若干止める時間の調整で行う。ここで、ゆっくり慣性で進むに任せる場合には、ローリング角を大きくとり、真横まで向く。

当然、ローリング角を大きく取るようにすれば、ゆっくりとした泳速になる。横まで向けば、筆者の場合、25mを10ストローク、35秒くらいで泳ぐことになる。このピッチの調整が、いくらでも効くのが鉤腕泳法だ。


円月泳法でも同様ではあるが、円月で円く差し出す両腕が、その分抵抗を受ける。肘をもっと伸ばして、円を楕円に、つまり、前後に縦長に伸ばしていけば、抵抗は減じられる。


S字プルも、上記の要件をいくつか欠いてはいるが、ひとつの解ではあると思う。これが楽な人は、迷わずS字で泳げば良い。しかし、S字プルというのは、プル全体が外、内、外のスカルで成り立っている。これは、腕の内転から入って、外転し、再び内転して抜いていくという、ややこしい動きであり、身体の姿勢も、歪んだり反ったりしている人も多く見かける。また、ストロークも多くなりがちである。プルの軌跡が長く、揚抗力の効率も良い泳法であるとは思うが、例えば、これから健康のために始めるという還暦スイマーに対して、わざわざ、このような難しい選択を奨める気にはなれない。


以上、「楽に泳ぐ方法」について述べてきたが、ここでの筆者にとっての結論は、鉤腕泳法であり、円月泳法であった。

しかし、何が「楽か」というのは、個性によって異なるのである。

筆者は、疲れるので、前方に目一杯腕を伸ばすようにはしていない。だから、速くない。前方に突き込む勢いが強ければ強いほど、その反作用としてのプルが楽にもなるだろうし、前方に真っ直ぐに突き出すことができれば、そのほうが抵抗も少ない。それが、「楽」なのであれば、それに越したことはないのである。

鉤腕も円月も、この両者については、どちらも、泳速を上げようとするならば、腕を前方に限りなく伸ばし、ローリング角も最小限に留めていく必要があるのだが、そうすると、円月泳法も鉤腕泳法も、同じような姿勢に収斂されていく。

その理想の形は、現代のトップスイマーの形に近似していくようにも思える。当然、肩関節の柔軟性や筋力などに雲泥の差があるので、そんなことは理想でしかない。

要するに、「速く泳ぐため」の姿勢は、身体の資質に特異な特徴がなければ(誰でも肩関節を柔軟にできるわけではないといったこと)、その要件を満たす方法は、かなり一意に決まっていく傾向があるのだと思う。

そして、その反面、「楽に泳ぐ方法」については、それぞれの個性に応じた実現の方法が、個性の数ほど多くあるだろうということだ。

それらの、選択肢として、筆者の考案した鉤腕、円月、招き猫、八の字などの泳法が参考になれば幸いである。


以上のとおり、これまでは、自由形を前提に書いてきたが、他の泳法においても基本的な要件は変わるものではない。それぞれについても、同様に検討してみる価値がありそうだ。


ともあれ、速く泳ぐためには、重心を上下左右にブレないようにして、真っ直ぐ進めることが重要である。しかし、より楽に、より面白くという観点を加えるならば、選択肢はもっと大胆に広がっていく。

  • やぎイルカ泳ぎ
  • 「そこそこ速く」というのが、25mを25〜30秒程度で良いのだとすれば、やぎロールやイルカ泳ぎも同程度の速さである。

    一度試してみられたらどうか。「こんな泳ぎがあっていいの?」というほど楽しくなること請け合いである。



    2 ローリングの効用



    2.1 らくらくクロールでの90度ローリングの奨め


    シリーズらくらくクロールでは、八の字、招き猫、鉤腕、円月泳法と、とりあえず、4種類の泳ぎかたを紹介してきた。これは、どれも大きなローリングをすることが可能であるが、とりわけ、鉤腕泳法では、極端な90度ローリングを可能としている。

    大きなローリングを行うことには、とても推奨できる利点がある。それらを、以下に紹介しよう。


    (1) 真っ直ぐなストリームラインをつくりやすい

    らくらくクロールでは、基本的にストリームラインは水面に水平で、進行方向に真っ直ぐを基本としている。もちろん、最も水の抵抗が少ない形だからである。

    ローリングを行うと、軸の歪みを自分で認識しやすくなることに気がつくと思うが、うねりを利用しているのでない限り、軸が歪んでいるとローリングしにくいものである。それゆえ、特に大きなローリングを行うと、真っ直ぐの姿勢を保持するようになり、軸の歪みを矯正できるようになる。


    (2) ゆっくりしたペース/テンポで泳ぐことができる

    大きなローリングを行うと、それに応じたゆっくりした周期でロールすることができる。とりわけ、90度ローリングは、安定した形であるので、失速するまでは、好きなだけ滑っていくの時間をとることができる。息継ぎの時間が許すかぎり、ゆっくりとしたペースで泳げば、必要なストローク数も減る。いずれのらくらくクロールでも、25mを壁を蹴らずに、10〜12ストロークくらいで泳ぐことができる。


    (3) 身体全体をスクリューのようにすることができる

    大きなローリングで行うプルは、腕が自然に身体にまとわりついたような、円月泳法のプルの形になる。この形は、身体の中心、すなわち進行方向の中心 線を長い軸としたプロペラやスクリューの形になっている。したがって、意識的にプルしていなくても、ローリングをしながらのプルの動きが水を効率的に押すことになり、これによって得られる抗力や揚力が推進力となっているのである。


    (4) 重力/浮力を利用して泳げる

    ローリングを行うと、身体が丸太のように真っ直ぐになるのは(1)で説明した。このとき、水面に平行に進むのであれば、抵抗の少ない姿勢でグライドできる。

    しかし、このとき、下降または上昇する動きを伴う場合には、水の抵抗を受ける。この抵抗は、身体を真っ直ぐ保ったまま、頭から下降する(沈む)ときには、水の抗力と揚力によって、前進する力が生まれる。また、頭から上昇する(浮く)ときには、やはり、同様に前進する力が生まれるのである。

    したがって、これらの、浮き沈み、あるいは、身体のうねりを利用して、意識的かつ効果的に行うと、前進力を加えることができるだけではなく、とかく、単調になりがちな水泳の運動を楽しくすることも可能である。

    これを積極的に活用しているのが、次節に紹介するオリジナル泳法のやぎロールである。


    2.2 大きなローリングに問題はないのか?


    このように、ローリングの効用は多くあるが、一般に、あまり奨められていないようにみえるのはなぜか?
    それは、単純だ。

    (1) 高速泳法には向かない

    繰り返し述べているが、私の奨める泳法は、らくらく泳法である。それゆえ、もとより、高速で泳ぐ人向けではない。そこそこの速さで良い人には、それなりに適切な泳法があるだろうと思って、研究しているらくらく泳法なのである。

    その結果として、ローリングは、ゆっくり、でも力を入れずに効率的に進むしくみとして、お奨めしている。当然、ローリングするのには時間がかかるし、大きなローリングをしながら、フラットで泳ぐときの速いピッチでプルすることはできない。


    (2) 関節へ無理な力がかかる場合がある

    仮に、腕を肩より後ろに回したり、ローリングによって、そのように肩が後ろに残ったりするような腕の動きをすれば、肩や肘の関節や靭帯に無理がかかる。例えば、右手を外旋したまま右に大きくローリングを行うなどである。端的にいえば、従来のクロールの動きをしながら、大きなローリングをしてはいけない。

    それに引きかえ、らくらくクロールで紹介してきたような肩や肘に負担をかけない動きをするのであれば、思い切りローリングすることができるし、また、そうすることに利点や意味があるのだ。


    2.3 らくらくクロールの基本姿勢とローリングの関係



    (1) 身体から横に突き出た部分の抵抗について

    泳ぐときに、身体の平面より突き出た部分があると、その部分が水流の抵抗に会うことによって、重心を中心として回転させる力を生んでしまう。

    鉤腕泳法では、基本姿勢を、肩関節で楽に動かせる範囲で一平面に収まるようにしている。しかし、一平面であっても、実はプールの底の中央線に向かって腕が伸びているので、ここについては水流の抵抗を受けている。その結果、身体を前に回転させようとする力を受けることになる。しかし、これは、幸いなことに、というより意図的にだが、下肢を水面に向かって持ち上げる力として働いている。招き猫泳法や八の字泳法についても、水流の抵抗を受ける二の腕が、同じように身体を前転させるような力を生んでいる。だから、この抵抗は、下肢を浮かせ、泳ぎをラクにしているので、この場合は欠点を利点で補っているといえる。

    それでは、円月泳法の基本姿勢はどうなのか?

    実は、この泳法の姿勢は水中で一平面に収まらない。すなわち、上に自然に挙げた腕の肘が身体の前面(腹側)に出ているのだ。肩関節の可動域に限界があるからだ。それに、円月泳法でのこの基本姿勢は、常に水底を向いているわけではない。

    そうすると、この泳法では、その時々のローリング姿勢で、身体の軸がブレるのではないか、と思われるであろう。

    ところが、全くブレないのである。

    それはなぜか?


    (2) 円月泳法の安定性はどのように実現されるか?

    前記したように、円月泳法の基本姿勢は、両肘を軽く曲げた形になっている。そして、この肘はローエルボーとなって水底の前方に向かって突き出されている。手の位置は、額の前あたりか、もう少し前方である。

    ここで、この腕の形を子細に見てみると、進行方向すなわち水流に対し、前腕の外側(尺骨側)と上腕二頭筋の部分が水流に向かって抵抗を受けるようになっている。それぞれの部分は、水流の抵抗の分力によって身体を回転させる力となるのであるが、それらの向きは、前腕と上腕で反対になっていて、結果的に回転する力が相互に打ち消されているのだ。

    もちろん、この肘の曲がりは、全体として抵抗として推進力を殺ぐ要素とはなる。しかし、水底に向かって伏せた状態のときには、下肢を浮かせる効果としても機能するし、そもそも、「そこそこの速さ」で泳ぐ限りでは、あまり気にするほどの抵抗ではなかろう。

    むしろ、この円月の手の形によってできる抵抗は、泳ぐ姿勢を微妙に調整し、安定させることに実に役立っているのだ。

    円月泳法においては、さまざまな姿勢をとることが可能だと書いたが、これを許容できるわけは、この調整機能にある。さらに、この静的な姿勢の調整に加えて、動的な円形プルのスムーズな平面的な動きによって、全くブレない姿勢を実現しているのだ。

    このように、らくらくクロールでは、どの泳ぎでも何の問題なく安定しており、例え、キックをしなくても、ラクに泳げる結果となっている。


    2.4 らくらく背泳ぎでのローリング


    背泳ぎでも基本は、らくらくクロールと同じであるが、背泳ぎでは、仰向けになっているゆえに、腕の可動範囲が問題になる。


    (1) 身体の前面での効率的なプル

    プルのとき、腕を後ろに引くのには注意が必要だ。胸の平面の延長線上より後ろに持って行ってはならないと私は考えている。それは、肩の可動範囲を超えて無理をかける可能性があるからだが、それに加えて、力が入りにくいと考えるからだ。だから、常に、顔を正面に据えて腕が視野に収まるように動かすよう奨める。

    それゆえ、らくらく背泳ぎでは、リカバーした腕の入水は、手の平を下に向けないで、自然に下ろしていき、ローリングとともに水没させる。そして、水を上向きに掴んだら、そのまま、腕相撲のように胸の前に肩甲骨を使って前腕を倒していき、最後に大腿のところで下向きに水をポイと捨てる。

    この腕の動きは、身体の前面で行われ、身体に近いがゆえに、肩甲骨にリードされて広背筋や大胸筋を使って疲れずに、関節に負担をかけずに、力を込めてゆっくりプルでき、かつ、より身体の近くの滞留する水流を掻くことができるので効率的だ。


    (2) ローリングは至福の時間

    それゆえ、腕相撲のような動きができるところまでローリングをすることが必要である。また、このローリングの時間が伸びのあるグライドの時間ともなっており、水の上を乗り越えて滑っていくかのような感じを持てる至福の時間である。



    3 キャッチとは?



    3.1 キャッチとは?

    まず、最初にキャッチとは何か、考えてみよう。その上で、還暦スイマーにとって、効率的なエルボーの形を考えてみたい。

    キャッチの効果は、風呂で湯船に浸かったときに、実験してみるとよく分かる。

    腰まで湯に浸かり、少し前かがみになるくらいの姿勢になって欲しい。そうして、手の平を手前に向けて片腕を肘まで真っ直ぐ湯の中に垂らしてみよう。

    そうして、次のことをやってみて欲しい。


    (1)湯に沈めた前腕を、単に手前に引いてみる。

    (2)一度、前腕を前方に動かしてから、反転して手前に引いてみる。


    これら(1)と(2)の動きで、腕が受ける水の抵抗の大きさに差を感じないだろうか?

    何度も、動かす速度も変えて行ってみると、(2)の方が重く、引っかかる感じがすると思う。

    これには、流体力学的な理屈はあるが、簡単に言えば、(1)の場合は腕の周りの水塊がそのまま引いた腕の周りを、するっと、すり抜けてしまうのに対して、(2)の場合には、一旦前に押した腕に纏わりついた水の動きが、反転して引かれた腕を一旦押しとどめようとする力が働くからである。

    泳いでいる場合は、常に前に進んでいるので、


    (a) キャッチしないでプルする場合は、(1)の時に引いたのことと同じような状況になると考えればよい。ただし、泳速より速く腕をプルしなければ意味はない。次に、

    (b) プルする前に、肘を瞬時緩めると、水流による抵抗を受け(2)で水を前に押すのと似た状況になる。これをキャッチという。それゆえ、その状態からプルしたときには、プルに対する水の抵抗が(a)のそれと比べて大きくなり、その分だけ力も要るが、前進する力も大きくなるというわけである。


    この(b)が、キャッチの原理であり、(a)の場合より(b)の場合の方が、水の引っかかりが良いと感じる理由である。

    もちろん、キャッチを行っている時間は、水流の抵抗を受けるので、泳速が減じる。それゆえ、長くやっていると、確実にキャッチはできるかもしれないが、確実に推進の邪魔もしていることになる。したがって、ふっと一瞬で行う方がが望ましい。

    ただ、思い出して欲しい。「水の抵抗は泳速の2乗に比例する」ということを。

    つまり、高速で泳ぐ場合は、このキャッチ時間は可能な限り効率的に短くしなければならないが、ゆっくり泳ぐ還暦スイマーにとっては、すこし余裕をもって確実にキャッチしても良いのではないだろうか。


    「はじめに」でも書いたが、適切なキャッチの方法は、泳速によって異なってくると私は考えている。

    競泳で、できるだけ、前方遠くに手を伸ばし、ハイエルボーで水を掴まえて、腿まで一気に抜ききるように見えるクロールは、かなり高速で泳いでいるものだ。より速く泳ぐためには、少しでも前で水をキャッチしたほうがよいに決まっている。それは原則として認める。

    しかし、それに要するエネルギーや関節筋肉などにかかってくる無理といった代償を払ってまでそれをする価値が、誰にもあるのかというのが疑問だ。


    3.2 効率的なキャッチはどうあるべきなのか?費用対効果

    この観点は、特に、われわれ還暦スイマーの立場で捉え直す必要があると私は思う。

    腕は肩から生えている!

    あたりまえである。

    然るに、腕を前方に目一杯伸ばしている場合には、そこでキャッチとして掴める水の塊は手の平だけの部分しかない。前腕や上腕は真っ直ぐ前に伸びているからあたりまえのことだ。プルできる水の抵抗は手首を曲げた手のひらしか作れないということだ。

    だから、効果的にもっと大きな面積でキャッチをするためには、手首だけでなく、肘も緩める。では、どのように?

    トップスイマーが高速で泳ぐためには、前方に目一杯の伸ばした腕をハイエルボーに緩める。すなわち、肘を高く保ち、肘からさきの前腕の力を抜いて、前腕を水底に向けてたらすのだ。

    でも、腕の関節は、その方向に曲がるようにはできていない。これは、肘や肩の関節に相当の無理がかかり、かなりきつい姿勢である。ハイエルボーで高速で泳げる人に対しては、いうことは何にもない。肩を壊さない限り、何の問題もないだろう。

    でも...彼らの半分ほどの速さで泳ぐ私たちは、それを真似すべきなのだろうか?

    前方に出した前腕が肘の関節で曲がる方向は、鉛直方向の水底に向かうのではなく、頭に向かう方が、より自然である。だからこそだろう、かなり速く泳ぐ人でも、リカバーするために肘をかるく曲げた腕が、身体の中心線を越えて水に落ちているのを良く見かける。そして、水中に入った腕は、位置を修正され前方斜めにまっすぐ伸ばしなおされている。

    だから、もう少し考えても良いのではないだろうか?前方に長く伸ばされた腕というのは、そんなに役に立っているのだろうかと。

    もちろん、前に長く伸ばした腕が有用なことは認めている。特に、水流に対する抵抗を少なくする効果、さらに、プルの距離も長くする効果があることなど。だから、苦もなく、これができる人はそうすれば良い。羨ましい限りだ。

    しかし、私にとっては、すぐに肩が疲れ、流線型をとりたいのに、胸を張る結果となってしまう。これは、あまり嬉しくない。

    寸秒をあらそう競技者にとっては選択の余地はないだろうが、還暦スイマーには、もうすこしラクする選択があっても良いのではないかと思うのである。



    4 効率的で楽なプル ローエルボーへの誘い


    そこで、以上を前提にして、キャッチをするのに最も良い腕の形を考えてみたい。

    それを考察する手始めに、プルで最も、水を掻く力が強い腕の形はどういったものか、われわれ還暦スイマーにとっての効率的なプルとは何かということを考えてみよう。


    4.1 水を最大に捉えることができる瞬間のプルの形は?


    異論のないと思われる形は、次のような形であろう。

    直立して両手をまっすぐ前方に水平に突き出し、手の平を下に向けて欲しい。次に、力を入れずに、自然に、肘を曲げると、肘から先の前腕は肘を中心に水平面で回転するであろう。

    このとき、肩から伸びる二の腕、肘から伸びる前腕及びその先の手の平が作る平面は、水平になっている。今、真上から雨が降ってくれば、最もたくさん腕がぬれることになる。なぜならば、最も広い面積で雨を捉えているからである。

    水中で泳ぐときも同じである。この腕の形であれば、腕全体が、後方に向かった垂直の壁となって押せる状態となる。それは、逆に、水流の速度以上に速くプルしなければ、前方からの水流を、まともに、二の腕と前腕の表及び手の甲で受けることにもなる。

    ともあれ、この腕の形が、プルにおける最も効果的な瞬間だ。


    4.2 最も疲れず、ラクにプルできる形


    前項で提示した、効果的なプルの瞬間の形は一意ではない。なぜなら、肘を曲げる角度はどの程度でもよいからだ。

    ここで、プルする場合、広背筋や大胸筋を使って、二の腕を後方に押すことになるが、その時、手の先が身体から離れれば離れるほど、てこの原理で、必要な力は大きくなるはずだ。吊り輪で、十字懸垂から身体をそのまま引き上げるのと、腕を曲げて引き上げるのでは大違いである。

    それゆえ、前腕はなるべく胴体の近くを通過させたほうがラクであるといえる。

    また、間接の可動範囲から考えても、この方が利点があるのにも気がつくはずだ。つまり、前腕は、胴体に近いところにある方が、遠くにあるよりも、間接に負担をかけずに、かつ、力強く動かすことができる。また、間接にとって、腕は前方にあるより、胴体の前にあるほうが無理がない。

    上腕三頭筋を使うと疲れるので、プルで力を入れるのは腹までで、あとは力を入れない。したがって、腕を伸ばす力を入れず、プッシュはしない。


    4.3 水を逃がさないプルの形:省エネプル


    一回で力強いプルを行う場合は、大きい面積で、長く、速く行う必要がある。

    短距離型の人は、これを追及すればよろしい。

    しかし、われわれ還暦スイマーは、ゆっくりでも長く、ラクに泳ぎたい。疲れて水に漬かって休んでいると冷えてしまうし、有酸素運動にもならないからだ。

    だから、いくら、効果的であるといっても、一瞬でも思い切り力を入れるわけにはいかない。やはり、ゆっくりと無理のない動きの中ですこしメリハリをつけるといった具合にとどめたいものだ。

    そのようなやり方で、そこそこに速く泳げたらよいものである。

    では、実際に、どのようにしたらよいだろうか?

    その答えは、捉えた水を、なるべく逃がさないようにし、懐に掻きこんだ水を一網打尽に掻きだせばよいのだ。

    そうするためには、身体から離れたストレートプルやS字プルのような形ではなく、艪やプロペラのように、揚力を利用した両腕、胸、腹などをなぞるようなプルの軌跡を描けばよいことになるのではないか。これならば、ゆっくり動作を行っても、効果的に前進できるであろう。

    そもそも、ストレートプルでは、われわれ老人にとって関節への負荷が高いだけでなく、水流より遥に速く水を掻かなければ効果がない。その点、揚力を利用する場合には、迎角をつけて水流に直角に掻けばよいので、ゆっくりしたストロークで少ないエネルギーで済む。


    4.4 効果的なプル


    さて、これまで考察してきたことから効果的なプルを総合的にまとめてみよう。
    プルで最も、われわれにとって重要ことは、無理をせず、最も効率の良いことだけを重点的に行うということだ。
    そうとなれば、答えは簡単である。次のようにすればよいのだ。


    (1) プルで力を入れるときは、胴体に対し腕を直角にし、前腕を胴体に近づける。

    (2) 効果的なプルの形の時だけ力を入れる。

    (3) 水を逃がさないようにプルの軌跡が、もう一方の腕、腋、腹をなぞるように動かす。


    では、実際にはどうやればよいのか?

    このことは、円月泳法のプルを想定してみると、その効用が解りやすいと思われる。

    円月泳法では、プルする時のその指先を、もう一方の腕の手先から腕の線を沿って腋窩、胸、腹となぞるように円形に描いてプルを行う。

    その間の前腕は手の先まで弓なりになり、目の前にほぼ水平に保つのであるが、これによって、艪やスクリューのような揚力中心のプルとなる。この時、手の平は、意識すれば必ず前方からの水流に直角に保つことができるだろう。円月の円形プルで、流れに直角にプルをする。これは、実感としては円形のプルだが、前方からの水流の影響を差し引いて、揚力と抗力を最大効率で得られる迎角でプルすることができるのである。

    さらに、このプルでは、プルの腕が掻いていく水は、その前半では、もう一方の腕に遮られて負圧のために渦を巻く水塊であり、後半では、頭や首の凹凸によってできる渦巻きや、胸や腹と接した水流が粘性抵抗によって低速になった水塊である。

    このように、水流が身体に当って抵抗となり、体表付近で遅くなった水流は、その分、泳ぎの速さを鈍らせているのだが、その損失は、円月泳法のプルでは、低速の水を掻くことによって、ちゃんと取り返しているのだ。流れの速い水を押すより、流れの遅い水を押すほうが力が効率的に使えるのは自明であろう。

    そのプルの動きについては、もう少し具体的に説明しておこう。

    円月泳法のプルは、その低速になった水塊を腕全体を長くしなやかに使ったスクリューの羽根で、目一杯のローリングを利用して、長い時間をかけて長い 距離を回していくものだ。このスクリューの羽根にあたる斜めの迎角を持った腕は、一方を身体で囲まれて片側には逃げ場のない低速の水塊を押すことになり、 その結果、流れに対する腕の前方と後方に負圧と効力を効率的に生じさせることができ、これらによって大きな揚力が得られている。なお、水上に抜き去った腕 はリカバーの腕として半円を描いて前方に振られ、前方水面にスプーンのように刺さっていくが、この沈み込む過程でも揚力が得られている。

    こうして、円月ストロークは、あたかもロータリーエンジンのようにスムーズな推力を生んでいるのである。

    なお、円形のプルに 関して、先ほど、前方からの水流の影響を差し引いて、揚力と抗力を最大効率で得られる迎角でプルすることができると書いた。この適切な実質の角度は30度程度である。円形のプルでは、この迎角で前半を掻き、胸の前では暫時ストレートプルになって最大抗力を得ることができ、後半のプルで斜めに抜き去るまでの迎角も最大効率の揚抗力を得ることができる。

    ただし、この最大効率を得られる迎角は、当然、泳速によって変化する。自分にとっての見かけのプルの角度を泳速によって補正しなければならないからだ。最も効率が高い迎角の目安を30度程度とすると、仮に、壁を蹴らずに、25mを30秒、16ストロークく らいで泳ぐならば、円月の円弧はもう少し縦に伸ばして楕円にしていく必要があるだろう。円形であれば45度くらいで掻く意識だが、それを縦に伸ばす。水流 に対して直角に保った手の平や前腕を、見かけで斜めに降ろしていく時の水に対する角度を50度くらいになるような楕円にすれば良い。


    4.5 ローエルボーへの誘い


    ここで説明してきたプルの形は、これまで紹介してきたらくらくクロールで取り入れることができている。

    そして、既にお気づきであろうが、これらは、全て、極端なローエルボーである。そして、これらの泳ぎは、大きなローリングを前提にしている。

    ローエルボーでなければ、ラクにならないからだ。

    何度も言うが、このサイトは、少しでも速く泳ぎたい人、疲れても構わない人、若く五体満足で関節の柔軟な人のために書いているのではない。

    身体のどこかに支障があっても、とことん、怠惰に泳いでも、かっこよく泳げる方法を目指しているのだ。片手や片足でも泳げるようにだ。

    ところで、中でも、最もローエルボーで、かつ、省エネ泳法は、鉤腕泳法であろう。最小の流水抵抗と最大効率のプルを実現していると思うからだ。

    そして、特にお奨めするのは、鉤腕のやぎロールである。そして、これを身体全体を緩やかに波打つドルフィンで行うととてもリラックスできること請け合いだ。

    やぎロールでは、身体全体を使って、上半身を上下に浮き沈みさせる。

    これは、浮きと沈みによる推進力を得るためだけではない。身体のアンバランスの矯正と、とりわけ、息継ぎがらくになることを狙っている。

    なぜなら、片側ずつ二回のストロークを 行い、左右交互に息継ぎをするからである。そして、息継ぎは、イルカのように、勢いよく浮かび上がってきた時に行い、かつ、最大ローリング角で顔は真上まで向くこともできるので、息継ぎに何の苦労もないのだ。片手が不自由な場合は、ローリングしなくても片側だけでもOKだ。

    これだけラクでも、壁を軽く蹴って、25mを30秒、12ストローク程度で泳げる。

    こうした泳ぎは、結果的にローエルボーになるが、もちろん、肘を低くすること自体が目的ではない。関節に無理な力をかけないこと、疲労を招かないこと、キャッチがうまくできることさえできれば良いのだ。ハイでもローでも良いのだが、結果的にローエルボーへお誘いすることになったのだ。


    4.6 下肢を持ち上げる効果のあるプル、そうでないプル


    前記したが、やぎロールでは、1回のローリングで2回のプルを行う。最初のプルは、もぐるプルであり、2度目のプルは浮き上がるプルである。

    したがって、それらのプルの仕方は少し異なる。

    もぐる時は、頭が水底前方に向かい、プルする腕は、胸から下に来たときに力を加える。浮く時には、それよりも前、すなわち、頭上に着水した当初から力を加える。そうするとプルは斜め下後方に押し出す格好になるので、もしこれを極端に行えば勢いよく、浮上できる。

    または、手の平の角度を変えて、浮き沈みの方向に揚力を発生させることもできる。

    こうした動きをうまく調節しながら、速さや浮き沈みを調節して欲しい。

    なお、らくらくクロールにおいて、常に右か左の一方で息継ぎをする場合は、この「浮き、沈み」のリズムを取り入れると良い。すなわち、息継ぎをするときに浮上し、息継ぎがない側では沈み込むのだ。こうすると、息継ぎが特段に楽になるし、単調な泳ぎにリズムが入り、イルカになったような気持ちよさがある。



    5 2ビートキックの効用


    このサイトで紹介している「らくらく泳法」では、「キックで疲れるようなことはよそう、」と述べてきた。足には筋肉がたくさんついていて、これを動かすとエネルギーをそれだけ多く消費する。それに、腕に比べて、だいぶ推進力は落ちる。短距離をより速く泳ぐ人は、何でも総動員して目一杯使う必要があるが、有酸素運動でゆっくり長く泳ぎたいという人には、とても薦めたくないものだからである。

    それゆえ、これまで紹介してきたオリジナル泳法は、すべてキックなしでも泳げるものだ。しかし、それでも、キックは役に立たないわけではない。それどころか、大いに役に立つ。バランスをとるため、下肢を浮かすため、ローリングするため、そして推進するためなどだ。

    疲れるようなキックはしたくないという趣旨から、このサイトでは、基本的に2ビートを推奨してきた。

    それゆえ、今回の記事は、その2ビートにおける蹴り方について書いてみたい。

    これまで、私なりに、クロールと背泳について、いろいろキックの方向を試してきて、その結果、蹴り方については、散歩キック、あるいは、内股で蹴ることを奨励してきた。

    ここで、もう少し広く、2ビートを分析してみたい。


    5.1 2ビートキックの効果


    2ビートにしたときの効用は次の3つがあげられよう。


    ・疲れない

    ・プルとの動作のタイミングが明確で意識が集中する

    ・蹴っていない時の水流抵抗が少ない


    水の抵抗を大きくしないためであるが、特に円月泳法では、蹴ったあとは意識して足を閉じたほうが良い。

    キックの効果としては、バランスをとるため、下肢を浮かすため、推進するため、ローリングを加速するため等がある。それぞれの必要に応じて、そしてその目的に適うやり方で蹴ってもらえばよいのだが、目的によって、それぞれ、蹴る方向や強さやタイミングが異なる。


    (1) バランスをとる

    バランスについては、基本的には身体の姿勢と両腕の位置や動きで安定性を保つのが原則であると思う。しかし、なおかつ、息継ぎやプルの仕方等で、左右にぶれるとなれば、これを緩衝する方向やタイミングで打つことになるが、やりかたに、一般的な解はない。

    ただし、これを行うと、必ずしも、他のキックの効果を期待することはできなくなる可能性がある。


    (2) 下肢を浮かす

    下肢を浮かすのは、これまで述べてきたように、水平姿勢において体重を前方に持ってくることが有効である。具体的には、両腕を前方に置く時間を長く取ること、肋骨を上げて胃をその中にしまうことなどである。それで、充分下肢は浮く。それでも足りない場合には、水面に向かった抗力や揚力が生まれるようなキックを行う。単純には、身体全体を使って膝と足首をしなやかに波打って真下後方に蹴るということになる。

    しかし、その場合は、単純に真下に蹴るよりは、内股で蹴ることを奨める。その目的は、下肢を浮上させ推力を効果的に増進することであり、揚力を発生させ、後方下向きへの力を得るキックとしたいためである。

    その方法だが、艪のような動きで蹴るのだ。個人の足の形状や泳ぎのローリングの角度によって、足の動きも変化するだろうが、基本は、以下である。


    ・力を抜いて蹴るときの足の甲の面が、水面下で左右に艪と同様な迎角を作るように調整して蹴る。このようにすると、垂直の「ドン」と蹴るキックに比べて、ゆっくりとじわっと、長い時間をかけて蹴ることができるようになる。

    ・蹴る時には、腹圧を、ぐっとかける。

    ・蹴った後の足は、その足裏を、もう一方の足の甲にぺたっと付けて、水流を妨げないようにする。


    (3) 推進する

    キックは、基本的に進行方向と直角に動かすものなので、推進するためには、揚力による後方へ分力を得なければならない。そのためには、やはり、スクリューや艪の動きが中心である。

    基本は、足の甲に水を乗せるような動きを追求することになるが、ビートが速ければ前進の推力も得られるが、ここでは、2ビートに限定して、しかも、ゆったりとしたテンポで泳いでいることを前提としている。そのために蹴る方法としては、散歩キックが奨められる。

    これは、当然、後ろ向きに水を押しやる意思を明確にするということだ。だから、後ろに足先を揃えるように蹴る。そのためには、膝を大きく曲げても良い。ただし、腰や背中は反らせないで、むしろ猫背になるくらいの気持ちでよい。蹴る感じは、ドーンと蹴るよりは、ズズドーンと加速して蹴り、最後までは蹴らない。これは、無用な泡(渦)を作らないためであり、効果的に蹴ったあと最後は水に任せるといった思いを込めるのだ。

    こうして蹴ると、足首の軌跡は、細長い楕円を描くことになり、推力は大きくなる。そして、重要なことは、身体を前にのめるように回転させる効果があることだ。これは、姿勢を前向きに矯正し、水流の抵抗も減るのである。

    蹴った後の足は自然に戻るので、両足をぴったり揃えること(蹴った後、足首を重ねてグライドする場合も含めて)。ただし、膝を伸ばすために緊張させるのではなく、膝は少し緩むくらいでも閉じてさえいれば、リラックスした姿勢の方が良い。それは、次のキックを準備するために緊張は避けたほうが良いのだ。

    このキックはいつもより力を込めることになるので、長く泳ぐと多少疲れてくるかもしれない。当然、速度が上がると、抵抗はその2乗に比例して大きくなる。そして、足も腕も2乗で頑張らなければならなくなる。例えば、25mを35秒で泳いでいるところを、25秒で泳ごうとしたら、いつもより2倍くらいのエネルギーが必要になる計算だ。しかし、一回一回のキックの合間に休みが入ることで、疲れはだいぶ緩和されるはずだ。

    「(2)下肢を浮かす」で奨めた内股キックでも、うまく足で迎角を作ることができれば推進力となるし、浮かすだけしかできなくても、腹を締めていれば身体の形状抵抗が少なくなるので推進力に資することができる。それゆえ、散歩キックのズズドーンというキックではなく、艫のような内股キックが還暦スイマーには適しているのかもしれない。


    (4) ローリングを加速する

    ローリングの効用についてはすでに書いた。

    キックはそのローリングを加速する、実に、効果的な手段だ。反転する90度ロールなどの深い回転では、キックを使う方が、よりラクに回転のスピードをコントロールできる。

    この場合は、横になっている間に、水面から遠い下側の足でキックする。あるいは、内股キックであれば、ローリングしやすくなる。

    あるいは、やぎロールなどで、ドルフィンに近いキックをする場合でも、下側のキックを強く行う。

    ただし、背泳ぎでは上下逆になるので、ローリングするためには上側の足を蹴る。


    5.2. 各泳法への適用



    (1) 「らくらく背泳ぎ」での内股キック

    らくらく背泳ぎでも2ビートを推奨した。その方が、キックなしよりは、はるかにラクで、ローリングも加速することができ、後方へのプッシュにも資するからである。

    キックのタイミングは、リカバーする腕と同じ側の足を蹴る。すなわち、力を込めるタイミングは、プル、リカバー、キックが同時である。その方が、わかりやすいし、力を入れやすい。逆に言うと、動きは一瞬であり、その他の時間は殆ど弛緩しているのである。だから、疲れず、ラクなのである。

    具体的な蹴り方であるが、クロールの場合には片足の膝を前に緩めてから鋭くしなやかなキックを繰り出したのに対し、ここでは、少し膝をゆるめて、足首が沈んだ状態から、内股気味に蹴る。ローリングの最大期であるから、蹴る足は上側(水面に近い方)で、蹴る方向は横斜め上で、これが次のローリングを速くする効果を生む。また、蹴っている時間が長くなるので、安定が良くなる。さらに、蹴った後、左右の足首を重ねてしばらくグライドするのが良い。これは、まっすぐの姿勢を安定させると共に、足回りの水流を滑らかにし、ローリングもスムーズに進行させる効果がある。

    もっとキックで前進力をつけたい人であれば、自分の足首の柔軟性と相談して、なるべく後方に蹴るような角度を工夫したらよいだろう。


    (2) 「円月泳法」での内股キック

    下肢を浮かす艫のようなキックを円月泳法に適用すると、非常に気持ちの良いバウンドと共に、ふわっと飛ぶような下肢の浮遊感を味わうことができる。

    円月泳法では、腕が描く円弧が、非常にゆったりした周期で回り、とりわけ、腹から水面に向けて滑らかに腕を抜き去る動作が心地よく長い。それゆえ、この艪のような時間の長いキックがなじむと思われる。

    キックのタイミングは片腕を前に突き込む時に、対角の足を「内股で」しなやかに蹴り、すぐ両足先をぴったり合わせて抵抗をなくす。これによってローリングが早く行われ、上体から下肢へと波のようにうねる身体で加速することができる。また、内股で蹴ると、蹴っている時間は、真っ直ぐ打つ時に比べて長くなり、下肢を水面に浮きあがらせる力が得られるため、リズミックな浮遊感を感じられて、気持ちが良い。

    また、ビートを鋭く打てば、必ず腹筋をしめる効果がある。円月泳法では、殆ど身体は弛緩させているが、キックの一瞬だけは、ちょっとでも腹を締める。それによって、キックによるローリングの加速、効果的なプル、そしてまっすぐ伸びた身体を実現できるようになる。背を反らせないように、できれば丸めるくらいの気持ちが必要だ。キックした脚は、力まず、抵抗のないように足をすぼめた形がよいのだが、膝はすこし緩んでいるくらいの余裕があって良い。

    加速が欲しいときは、この内股キックよりも、斜め後方に向けた大きな蹴りが効果的だ。この場合は、膝を大きく緩めてしなやかに後方に向かって蹴る。方向は、真っ直ぐでも内股気味でも良 い。その方向は、ローリングによっても左右されるし、水の上に出ると泡を生むので、適切な角度で調節すれば良い。このキックでも、背や腰は反らず、丸め気味にしておくこと。ただし、蹴る力が強くなれば、それだけ疲れてくるだろう。


    (3) 招き猫泳法での推進キック

    円月泳法でも、散歩キックが効果的なことは前項で述べたが、八の字泳法と招き猫泳法では、断然このキックが良い。この泳法では、腰を浮かすこと、前進させることに力点を移しているので、内股キックでは甘い。

    ともあれ、どのような泳ぎをするにしても、キックの方法や効果については、個人の足首の柔軟性に負うところも大きい。それゆえ、これらを参考として、ご自分にあった方法を開発していただければよいと思う。



    6 円月泳法はなぜラクなのか


    円月泳法はなぜラクなのか

    記事「03.らくらくクロール その1」で紹介した円月泳法がなぜラクなのか、ここで少し考えてみた。

    当面考えられる要素は、3つありそうだ。


    1. 動きが簡素で、滑らかなこと

    2. 水を効率よく押し出すこと

    3. 身体のバランスをとりやすいこと


    以上、とりあえず3つあげてみたが、以下に展開してみよう。


    6.1 動きが簡素で、滑らか


    円月泳法の腕の動きは、紹介したとおり円である。しかも、手の返しもなく、単純に、そのまま円く回す。これ以上、簡単かつわかりやすい動きはないと思う。

    しかるに、一般にクロールで教えられる動きはどうであるか?

    私は、クラスに入ったことも、教本をちゃんと読んだこともないのだが、よく言われていることは、手のひらを外旋して、できるだけ、遠くに手を伸ば し、一瞬ゆるめて、水をキャッチし、できればハイエルボーで、ストレートあるいはS字にプルし、脇を開けて内旋しながら、もしくは、最後に大腿までプッ シュし、リカバーする等ということではないだろうか。

    いずれにしても、難しいし、疲れる動きのように思う。

    その点、円月泳法では、単に回すだけで、直線的な動きはない。腕の内旋や外旋もない。いや、水面に腕を抜くときに、大きく水をとらえたい場合は若干内旋するが、意識するようなことではなく、勢いにのって惰性で元の位置に戻るのである。

    そもそも、クロールとは、「這う」という意味であり、匍匐前進する場合の腕の動きはおそらく同じような動きになるはずで、最も、力が有効に入る動きなのだと思う。

    でも効果的に水を押すには、一般的な泳ぎにするのがいいんじゃないの?

    と思われる方は多いだろう。しかし、そうだろうか?


    6.2 水を効率よく押し出す


    円月泳法の基本形は、軽く両腕を前方上方にバランスボールのような大きいものをふんわり抱えて持ち上げている姿勢だ。

    泳ぐ時には、この両腕が形作る円弧の中は、当然、水で満たされている。では、円月泳法で、この姿勢から泳ぎ始めてみよう。

    まず、右手の腕で円を描き始める場合、右の手の甲は、左の掌をなぞり、続いて前腕の内側をなぞったあと、左腕の腋窩を掬って水面に腕を抜きはなって、惰性で元の頭上まで戻すことになる。この右手の軌跡は円だ。三角や四角にせず、できるだけ、円く回す。

    動作が始まる時点は、ローリングで身体が下面を向いた時だ。そして、左のキックを入れて腹圧がかかるのは、左腕の腋を通ったときだ。

    さて、この一連の動きの中で、水をどのようにキャッチしているかを考えてみると?

    最初の腕を回し始める時点では、身体はおそらく45度くらいにローリングし切っているから、肘は、殆ど前方の斜め水底の方向に向かって沈んでいることになるだろう。

    えっ、そんなことあっていいの?普通の泳法では、ハイエルボーを期待されている場合なのに、円月泳法では身体の最も低い位置で沈んでいるなんて!

    しかし、ハイエルボーが期待されているのはキャッチだ。つまり、水の抵抗を程よく前腕の外側で受けて水の塊を腕のまわりに纏わりつかせるわけだが、 円月泳法でもこの時ちゃんとできているのである。肘は沈んでいても、そこから前方上方水面に向けて伸びる前腕は手の甲までのラインでちゃんとキャッチ出来ている。

    しかも、さらに、両腕の円弧と顔面の間に大きな水の塊がキャッチされてもいるのである。そして、右手が、円弧を描く動作に入ると、この水塊を逃がさ ないように、左腕にそって、水をうまく下方に押出すのである。そして、さらに、ローリングが進んで、右手を腋から水面に抜き去る動作では、水の塊は水面に 向かって押し出されるが、行き場を失い水流の方向を後方に変える。こうして、この過程で、水は効率よく後ろに押し出されているのだ。

    つまり、身体の回転と同期して、腕は大きなスクリューの羽根のような役割を果たしているといえるだろう。そして、この動きは、滑らかな円弧の動きにより、力むことなく行うことができ、また、ゆっくりとした動きでも、水を捉えて効果的に後ろに送り出すことができるのである。

    より具体的には、艪やスクリューのような働きをし、揚力を得ているのであるが、このとき、押している水というのは、前方に半弓に構えた腕や頭や首の 凹凸による負圧でできる渦巻き、及び、胸や腹などの体表にまつわる粘性抵抗によって水流の速度が低下した水であり、すでに受けた抵抗を取り返して効率的に 泳いでいるといえる。このことについては、まだ別の記事として書くことにする。

    一般の泳ぎでは、前腕を立てるのに苦労し、一本のオールをいかに速く押し下げるかにかかっているが、円月泳法では、らくに、小さな力で、そこそこの 泳速を出すことができるのである。もちろん、競泳を目指す方には適さないが、らくにゆっくり、でもそこそこに泳速をコントロールしながら泳ぎたい人には、 この泳法はピッタリだと思う。

    ただ、ひとつ難がある。それは、リカバリの腕だ。この泳法で実はリカバリという概念は私にはない。円弧を描いているからである。したがって、戻る過 程では、横の水面上を大きく腕が払うことになるのだ。一人で1コースを占有できている場合は何の問題もないが、対向して泳ぐ人がいれば、すれ違う時、ま た、隣のコースにも気を遣わなければならない。

    気のつかいかたにもいろいろあるが、泳速やテンポをコントロールするのもひとつだが、惰性で振り回す円弧をそのときだけやめて、人の邪魔にならない ようにすることになるだろう。例えば、TIでいうジッパーのように、前腕をだらりと下げて、指先が水面をはうように戻すことでもよい。しかし、そんなこと をしてみればよく分かるが、円の動きをやめると、余計な力が要ったり、リズムや気がそがれるのに気がつくだろう。

    しつこく確認するが、円月泳法では、腕は掻かない。単に回すのだ。

    それほどに、この円の動きは自然で、水との親和性がよく、気持ちがよいものなのだ。これに、2ビートのキックを入れて腹圧をポン、ポンと入れていくと、とてもリズム感もあり、水面を跳ねている感じも楽しめる。


    6.3 身体のバランスをとりやすい


    前項でも示したが、円弧を描くプルの軌跡は、結果的に身体の軸にそったストレートプルになっている。このため、まっすぐ、身体を引っ張ることになり、身体が捩れることがない。そのため、キックは特に必要というわけでもなく、キックなしで泳ぐことはいともたやすいし、足に負担をかけなくて済んでいる。とはいえ、リズム感をもって気持ちよく泳ぐためには、ぜひ2ビートをお奨めする。

    2ビートは、内股キックでもよいし、深い散歩するようなキックでもよい。

    円月のプルは、安定性が良い。それゆえ、キックの方法に制約がない。また、上体の姿勢についても、上体を起こすこともできるし、水平に伏せることもできるし、そのとりかたは自在なのだ。

    さらに、姿勢の制御に関してだが、円月泳法の基本形が、両腕を円くして掲げた姿勢であることを述べたが、この時、手の甲を水流に対して微妙に調節することによって姿勢全体を制御することが可能になっていることも重要な点である。

     

    以上は、左右の姿勢制御が主であったが、前後のバランスについても触れておこう。

    これまで、下肢を浮かせるためには、両腕を前に出す時間を多くとることと、肋骨を高くあげることの重要性を述べてきた。もちろん、これは、この泳法 でも変わらない原則だが、呼吸が苦しかったり、なれない場合は、それほど、頑張らなくても、この泳法では十分ラクに泳げる。その違いは、下肢が下がり気味 かどうかということに現れてはくるのだが、泳速に若干影響が出こそすれ、ラクに優雅に泳ぐことはできる。原則をきっちり守れば、より軽快に、よりイルカに なった気分になれるということだ。

    総じて言えば、円月泳法は、競泳には向かないかもしれないが、長くゆったりと泳ぐには適しているといえるだろう。



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